(それから数時間後、船内劇場の舞台裏。舞台の方から聞こえてくる煌びやかな音楽とは対照的に電気もほとんど落とされて薄暗い。楽屋付近の雑然と物が置かれた倉庫とも通路ともつかない場所。)
ゲラルト「(全身黒のタイトな潜入用戦闘服を着用し上半身にハーネスを付けているが、いつもの刀は所持していない。薄暗さと荷物の中に紛れるように身を屈め、じっと目を凝らしてその空間の先にある扉を見ている。)……気配はするか?(すぐ傍にいる”バディ”の耳元で小さく尋ねた。)」
マベ「(すぐ側で同じように暗闇にじっと目を凝らしている。黒ずくめの服を着ているがゲラルト以上に肌を露出し、ハーネスの左右と太腿に一対ずつナイフホルダーを装備している。)………。………いや。さっきまで人がいた“におい”はするが、今は物音ひとつしねえ。(眼鏡をかけていない濃茶の瞳をぐっと細めた。)」
ゲラルト「舞台の音がうるさくてな。なるべく穏便に済ませるために、人数は把握したかったが仕方ない。(物陰から少し顔を出して、すぐに引っ込んだ。)……誰か来る。」
(向こうから足跡が近づいてきて、話し声が聞こえてくる。)
「…………見たか?あの歌姫って女。俺よく知らねーけどさぁ、いちご食べたいから今すぐ持ってこいって言われて船のレストランまで走ったわ」
「まじか。美人だった?」
「美人だよ、でも胸あんまねーのよ」
「またそれかよ」
(舞台関係者らしい2人が雑談をしながら2人のすぐ側を通過し、舞台裏のほうへ向かっていった。)
マベ「(普段通りと言えば普段通り眉間に皺を寄せた顔で、身を縮めた。二人が通り過ぎ、完全に気配が無くなったのを確認してから顔を上げる。)……………ハン、本番中だってェのに身の入らねえ奴らだ。聞いたか?歌姫サマは男を使いっ走りにしてるらしいぜ。(声色は戯けているが表情は崩さない。興味が無かったのか胸の話はスルーしている。)」
ゲラルト「……そうか。(全っ然聞いていなさそうな素っ気ない返事。)歌姫がまだ出てこない。不都合なことが起きる前にこちらから出向くか。(すっと立ち上がると、辺りを警戒しながら扉の方へ足音ひとつ立てずに近寄っていく。)」
マベ「海のど真ん中でイチゴ食いたいなんざ、大昔だったら船から放り出されてたぜ(ハ、と笑ってこちらも立ち上がりそれに続く。)…予想通り視界は最悪だ。だが天井の低さと狭さでなんとかなりそうだぜ。…………、………………。(何か言いたげにゲラルトを見ている。)」
ゲラルト「仕方ない、苺は食べたくなるだろ…………、(扉の横につき、はっきりと意思を伝えないマベをじっと睨みつけるように見た。)…………。(そのまま静かに扉に耳を寄せるが、特に何も聞こえはしない。)」
マベ「………………。(その言い分に片方の眉を上げて妙な顔をしたが何も言わなかった。コホン、と小さく咳払いして元の表情に戻る。)………この先は台本もキューもねえ。アドリブが全てのぶっつけ本番だ。ちゃんと台詞は言えンだろうな?二枚目。」
ゲラルト「くだらんな。私のことを気にする余裕があるなら目の前の任務に集中しろ。……。(何となくいつかの教会での出来事が頭をよぎり一瞬黙ったあと、扉の方へ一度顔を振った。)」
マベ「上出来だ隊長。こっちも安心して自分の役に集中できるってもんだ。(ホルダーからナイフを一本引き抜いて切っ先を下に向けて握ると、扉に背中をくっつけるようにして取っ手に手を掛けた。ゲラルトを一瞥すると、音を立てずに扉を開け放つ。)………………!(通路側に素早く身を隠し、普段より魔力量を落とした自身の風とともにほんの僅かに顔を中へと向けた。)」
(扉の先はそれほど大きくない小部屋。部屋の中には女が1人だけ椅子に座っていたが、突然空いた扉に驚いて立ち上がった。女は極平凡な容姿で特別着飾っているわけでも無く、彼女が歌姫でないことは誰が見ても明らかである。)
ゲラルト「(扉が開けられた直後、外の壁に張り付いた状態で部屋の中を確認したが、中に歌姫らしい人がいないことにすぐに気付く。ごく短い時間で部屋の中に飛び込むと、伸ばした右腕で驚いた女の右腕を引っ掴んで引き寄せる。女が斜め前に引っ張られ体制を崩したその勢いのままに逆の腕で首を絞め上げ、女の背と自らの胸がぴたと密着する形で拘束する。その手にはいつ抜いたのか真っ黒で光を反射しないごく短いナイフが握られている。)…………歌姫は。どこだ。(低く、たった一言だけ女に質問を投げかけた。)」
マベ「(ゲラルトに続いて室内へ入り素早く音を立てずに扉を閉める。寸分の狂いなく女を絞め上げるのを見てヒュウと小さく口笛を吹いた。)流石ァ……(にやにやと笑いながら、自身は得物を持った手を下ろしゆっくりと正面から女に近づく。)よオ姉ちゃん、悪いねェ大事な本番中にノックもせずに。なァーにすぐ出て行くからよう、こいつの質問に答えてやってくれねえか?(女の目の前まで来るとおどけた調子で首を傾げた。のっぺりとした濃茶の瞳が冷たく女を見下ろしている。)……命は取らねえ。さっさと答えな。」
「(酷く狼狽えた様子で)待っ、あ、あんたたち、何……!? 歌姫は私たちの大事な商売道具だから乱暴なことしたら、(言いかけたところでゲラルトの左腕がぐっと首を絞め上げ、苦しさに顔を歪ませて。) あの子は制御が効かないの!暇だとかなんとかで舞台の方まで行っちゃったわよ……!」
ゲラルト「…………何者か名乗る必要も無い。凡そ検討はつくだろう。(女が大して抵抗もできないことがわかると、腕を掴んでいた手を離し、女の顎を掴んで強引に上を向かせて顔を確認する。)……?(僅かに何か反応したがその真意までは読めない。はっと顔を上げて)お前は歌姫の方へ急げ。私は情報を吐かせてから合流する。」
マベ「(肩を竦めて)そりゃ難儀なこって。随分と肝の据わったワガママお嬢ちゃんみてえだな、なァ?………、……………。(ゲラルトの様子に少しきょとんした顔をした。小首を傾げるが何も言わずに口の端を歪めた。)………相分かった。火遊びは程々にしとけよ?お先に歌姫サマのご機嫌取りでもしてくらあ。(背中を向け、一度も振り返らずに扉の前まで戻っていく。取っ手に手をかけると僅かに視線を背後へ投げかけたように見えたが、すぐに警戒態勢を取りながら1人分の隙間だけ開け、外へと身体を滑り込ませた。)」
—
ゲラルト「…………。まあ、そんなことだろうとは思ったが。(ナイフは片手に持ったまま、どこからか取り出した紐で順序よく女を後ろ手に縛り上げていく。)お前に幾つか聞きたいことがある。答えない場合は……察しの通りだ。乗船した幹部は何人だ?」
「……、(震える唇が小さく”実在しない人名”を呟いた。)こんな……、縛ったりして、私に乱暴するつもり?こういうのが趣味なのね? いいわよ、お預けになった先を今ここでしたって。 あんなに私の体を貪るように撫で回して愛し合ったのだものね。 ほら、何してるの、その刃物を早くしまって!」
ゲラルト「質問にだけ答えろ。(逆手に持ったナイフの刃先が僅かに女の太ももに沈む。)乗船したのは何人だ?」
「(ナイフがほんの浅く刺さるのを見て)ひっ、血が、血が出てる……!幹部は5人、あとはスタッフだけで……あんなのは駒みたいなものよ!!ほら、ほら、やめて、い、いくらなんでも悪趣味だわ!!(見ていられなくなったのか勢いよく顔を上げ、目の前で何の感情もなく見下ろすゲラルトの顔を見上げる。)」
ゲラルト「あともう1つ。(女の頬に手を添えると、親指で下瞼を引っ張るように下げて。)……この目は何だ?」
「(ゲラルトに無理やり開かれた目が赤く光っている。)う……、うちのボスが作った薬よ。歌姫の歌声を聞くと反応する。この会場の人間はもう、貴方も私も全員例外なく薬を吸い込んでるわ……。(話す声が時々震える。恐る恐る自分の太ももへ視線をやると、ぽたりと血が床に落ちていくのが見え、また視線を上げて。)……とにかく、それをしまって。まともに話ができないわ。」
ゲラルト「(短く息をついてナイフを持った手を引っ込め、ハーネスの右胸付近に下向きに付けられたナイフホルスターに収める。)その薬はどこで製造している。」
「(ふーと長く息をついて、浅い傷跡のできた足を手で抑えた。)私は歌姫の面倒を見る役だから、薬の開発や製造に詳しいわけでは無いけど…。……国外よ。それなら国内の誰も簡単に手出しはできないでしょう。」
ゲラルト「……国外。隣国か。(不快そうに目を細めると、一度短く溜息をつく。)手引きをしたのはエルヴィン・ルーデルだな。」
「………………。(僅かな時間さえ要さずにその名に行きついた様子を見て、思わず言葉が止まる。)随分と察しがいいのね、貴方。本当は何者?」
ゲラルト「(不意に左手が反対側の腰の辺りを彷徨うが、そこにいつも有る物はなく、また腕が元の位置に戻って。)隣国だろうと手出しの許される者だ。私達には……法は有って無いようなものだからな。」
「そう…………、なら教えてあげるわ。(赤い目を細め、微笑むような表情に変わった。)今日舞台に立つあの子は偽物。私が歌声の似ている女の子を連れてきたのよ。本物は船に乗ってないのよ。……だからね、貴方がこの先に行く必要なんて元から無いわ。」
ゲラルト「偽物。(歌姫を護るために女が咄嗟についた嘘かどうか、判断がつかない。じっと考えてから再び口を開く。)…なら、なぜお前の目が反応している。」
「さあ?それに気付いたのは乗船してからよ。上の人たちは、思いがけず本当の目的も達成できるって喜んでいたわ。私は歌姫の評判を落としたくないからチケットの払い戻しなんて今更できないし、お客さんが黙せればそれで良かったのだけれど。(うんと考える仕草をしてから、はっと顔を上げて。)もしかして、あの偽物も本当は研究所製造だったのかしら。 」
ゲラルト「(この数日間、部屋のバルコニーから聞こえたどこか聞き覚えのある歌声。その主はもしかしたら、自分の知る人物かもしれない。恐らくそうであると確信し、はっと息が詰まる。)……マベ、(今更呼んでも仕方の無い、先に舞台裏へと向かった者の名を思わず呼んでしまう。)」
「(女の不気味に光る目が嫌に熱っぽくゲラルトを見上げた。椅子に座ったままの膝同士を擦り合わせて)……ねえ、そんなことより、私、貴方の言う通りに全部話したわ。良くできたって褒めて…? 昨晩の続きをしましょうよ。あの時みたいに激しく……、いいえ、もっと……嬲りつくして気絶するくらい滅茶苦茶にして……。ね?いいでしょう……?(薬で狂っているのか、元から持つ願望なのか、どちらなのかもう分からない。)」
ゲラルト「……いや、あいつなら、(その先の言葉を飲み込んだ。目の前の女の様子に視線を下ろすと、酷く冷たい表情でそれを眺めた。)……そうだな。なら言葉通りにさせてもらうが、…………昨日なぜ私が続きをしなかったか、教えてやろうか?(手を伸ばしたかと思うと次の瞬間には思い切り女の頬を殴り、女は椅子ごと地面に放り出されて倒れ、気絶して動かなくなった。)私は、下品な誘いをかける女が嫌いだからだ。(言い切る前に歩きだし、扉を開けてその小部屋から出ていった。)」
—
(通路側。楽屋へと続く扉が音もなくゆっくりと開かれ、背の高い影がひとつ滑るように中から現れた。)
マベ「(後ろ手に扉を閉めると通路全体を睨むようにして周囲を警戒する。一人きりになると急に不機嫌さが増し、どこともつかない方角に向けて片目を細めた。)……………クソが。これくらいで感知の精度が落ちてどうする!女ァ一人見落とすようじゃ、………………!!(見えない目の見据える先に“賢女”の攻撃に成すすべもなく庇われる自身の姿がはっきりと映った。ナイフを握った手に自然と強い力が籠められたが、ふっと意識を通路の先、華やかな音楽が聴こえるほうへと向けた。)……………畜生が。(もうその声は落ち着いており、余計な力を抜くと舞台裏へと続く道を遮蔽物を利用しながら着実に進んでいく。)」
(その向こう、2人の男の雑談が聞こえてくる。)
「こっちにいるんじゃなかったの?」
「って聞いたんだけどなあ。これより先いくと上から怒られるしやめとくか」
「でさあ、聞いたか?」
「ああ、さっき楽屋からちょっと声聞こえたから」
(他愛の無い会話が聞こえる。その声は先程ゲラルトとマベの前を通り過ぎて行った男たちのものと同じ。)
マベ「(この先は下っ端には入れないわけか。と口の端を歪めた。音楽で物音がほぼ聴こえないのを幸いに声のする方へ素早く近づき、物陰に身を隠す。男達の会話をキリのいいところまで聴くと、その背後まで一気に距離を詰めた。)…歌姫なら、俺が探しといてやるよ。(言うが早いか片方の男の顔面目がけて手刀を叩き込み、その隙にもう一人の男の首を片腕で抱え込んで絞め落とそうと強く圧迫する。)」
「何かさ、その歌聞いた時から感覚おかしいんだよ、聞こえなくてもいいモンが聞こえる感じ、(距離を詰める前に男が振り向いて、両の目でマベの方をしっかりと見ていた。淡く光るその目が瞬きをする程の間に繰り出された手刀に確かに反応して手を出したが、その勢いを止めることはできずにその場にどさりと重たい音を立てて崩れた。)」
「(もう一人の男が咄嗟にしゃがみ込んでマベの腕をすり抜け、そのまま振り返り尻もちをついた。)なんだよお前!さっきからついてくんなよ!!(確かに先に気づいて避けた、そう思わせる動きだったが、本人にはその自覚がないのか驚きの表情を浮かべてマベを見上げる。その目が赤く光り、僅かに薬品のような匂いがした。)」
マベ「…………!?(予想だにしなかった男の言動と確かに嗅覚を刺激したその匂いに唇を僅かに動かしたが、即座に男に覆い被さろうと飛びかかった。胴にのしかかって手首を押さえつけ、普段より小振りなナイフの刃先をその“目”の一番盛り上がった部分ギリギリに突きつけようとする。)…………テメェ。いつから見てやがった。どこで“そいつ”を口にした?……言え。(眉間に深く皺が寄り、獰猛な目つきで男を睨みつけた。)」
「うわっ……!?……、(続く言葉が出なかった。瞬きさえ出来ずに赤い瞳を大きく開けたままで固まっている。)い、い、いつからって、わかんねえよそんなの、なんか誰か居るなってそんな気がして……、そいつ?そいつって何だ?(困惑はしているが、そもそもの感覚が狂っているのか思いの外冷静に話を続けていく。)お前が歌姫に害を与えようとしてるから、……え? …………。(自分の言いかけた言葉に驚いて、困惑した表情で黙り込んでしまった。)」
マベ「(その瞳の色はマベには見えないが、潮と埃の匂いにほんの僅かに混じったその薬品の匂いだけは見逃さなかった。)しらばっくれんな。“クスリ”だよ、非合法のな。お前、自分の言ってることがわかってねえな?歌姫の力か?………………………眠ってろ。(男の困惑具合から大したことは聞き出せそうにないと判断し、ナイフを退ける代わりに思いっ切りぶん殴った。)」
「しらばっくれるも何も、俺は本当に何も――(何が言いかけたが、押さえつけられた状態では抵抗も何も出来るはずがなく、マベに殴打され言葉が途切れたままその場に倒れ込んだ。)」
(それとほぼ同時、音楽に混じって微かに女の鼻歌がどこからが聞こえて来る。)
マベ「……………!(男を適当に転がすと弾かれたように立ち上がり、歌声の聴こえたほうへ険しい顔を向けた。一度楽屋のほうへ視線を移したが、すぐに戻して駆け出した。事態の急変に思わず舌打ちし、顔を歪ませる。)………厄介なことになったぜ………、…あン時はアンプルの状態だったが、あの野郎の言葉が本当なら───。……クソ、奴等と歌姫は繋がってんのか……!?(独り言は舞台で流される音楽に掻き消され、おそらく本人にしか聞こえないだろう。視界の利かない中、遮蔽物をうまく躱しながらできるだけ早く声の元へと進んでいく。)」
「おい、なんかさっき裏から大きい音したけど?(その先、また知らない男が顔を覗かせた。その目がくらい舞台裏で赤く光ったかと思うと、その奥で一斉に赤い目がマベの方を向いた。)……この先はダメだ…………(急に理性を失ったような話し方に変わって、マベに正面から飛びついた。その出で立ちから戦闘要員ではなくただの舞台スタッフであることは明らかだが、薬の影響か思わぬ速度で接近する。)」
マベ「………ハッ。有象無象が、ドブに潜むネズミみてえな目ェしやがって。(さすがに数の多さで赤い光に気付いたのか、乾いた笑い声を漏らした。飛びついてくる男に掴まれる寸前、走る勢いそのままに身を屈めて前方へスライディングし、床を滑りながら振り向きざまに小型のナイフを男の脚に向かって投げつけた。)」
(初めに飛びかかった男は身を屈めたマベを視線で追いはしたが、その後反応しきれず前方に倒れかけたところに刃が刺さり、悲鳴をあげて床を転げた。身を低くしたマベを上から抑えつけようと2、3人が飛びかかってくるが、視界の悪さゆえにその人数が正確には測りづらい。)
マベ「オイオイ本番中だぜェ?変な声上げンなよ……(床に寝転がった格好で嘲笑う。他の者達の動きを察知すると背中側の床についた両手で身体を持ち上げ、踊るように激しく両足を振りかぶって飛び掛ってくる者達に次々とキックを見舞う。)自由参加だ、かかってきやがれ。幕間劇にしちゃアちィと人数が多いがな!(片手を軸に倒立すると挑発するように舌を出し、床に向かって中指を立てた。)」
(急に後ろから僅かな魔術反応と薬の匂いがして、舞台裏に這わせてある何かのコードを掴んだ男が、マベの首にかけて絞めあげようと接近する。遠くで聞こえていた少し張り詰めたような歌声が、急にハッキリと聞こえてくる。)
マベ「オッ、……………ッ!!(首にコードがかけられ引っ張られる。驚いた顔をしたが、口の端を歪めるようにして笑い、首とコードの僅かな隙間に指先を通すと長躯を勢いよく前に屈めた。一本背負いのような形で、締め上げようとしてきた男を地面に叩きつけようとする。)………何処だ。邪魔ァすんな……!」
(大柄な男の身体がいとも簡単に中を舞い、どすんと音を立てて床に叩きつけられる瞬間コードが外れたのか、元々薄暗い舞台裏の灯りが消えた。煌びやかな舞台から漏れる光で視界が全くないわけではないが、それはあくまでも一般的な感覚で言うなら、のレベルである。)
(その先、舞台のちょうどすぐ裏のあたりからまた歌が聞こえる。一度途切れ、少し黙ったあと、曲調を変えてまた歌い出す。)
マベ「(視界が真っ暗闇に包まれた、と感じたのは一瞬で。遮蔽物が端に寄せられ舞台俳優が十分に通過できる幅をもたせた通路が網膜の奥にハッキリと浮かび上がった。)…………なん、だ……?感知は限界まで下げてるはずだ……、…………。(困惑気味の声。また始まったその歌声に瞳を動かすと、倒れ伏している者達を一瞥する。)………………。(珍しく何も言わずにその場を後にした、ゆっくりと慎重に歩き出したマベの瞳にぼうっと赤い光が滲み、短い光の線を残して消えていった。)」
「……――――――、(薄暗い舞台裏に立つ華奢な女の姿が、ごく小さな声で歌っている。銀糸のような長い細い髪が旋律を奏でる度に揺れる。人魚を思わせるようなターコイズブルーの長いドレスの後ろ姿は、息を飲むほどに美しい。)」
マベ「(ゆっくりと彼女の死角から近づく。薄暗闇の中でさえ普段と同じ、或いはそれ以上に明朗な視界でも、色は僅かにも映らない。しかしその糸のように細く美しい髪の一本一本が揺れる様と、一点の狂いもなくドレスを着こなす完璧な容姿が“目に映ると”数秒、息をすることを忘れた。)……………………。(意識が散るのを振り払うようにゆっくりと瞬きをすると、ハーネスのホルダーからタクティカルナイフを引き抜く。音に合わせて足音を消しながら接近し、目と鼻の先まで来るとその背中へと飛び掛かった。)…………!(後ろから抱きつくように片手で口を塞ぎ、その華奢な喉元にナイフの刃先を限界まで近付ける。)……………………声出そうッたって無駄だぜ。…お前が歌姫だな?」
「(接近したその時、”愛する人、ここに来て”、と歌詞を紡いだ。が、)………… ん゙ッッ!!!(突然後ろから襲いかかられびくんと体が跳ねると同時、先程までの澄んだ歌声とうって変わってあまり可愛くない声を上げた。咄嗟に女の片手がドレスの薄い布の重なるスカートのスリットの中へ滑り込み、何かを掴もうと探る。)」
マベ「!!(その歌詞になのか、さっきまで気にも留めていなかった旋律になのか、それとも妙に色気の無い反応が誰かを思い出させたのか。口を塞いだ手が驚いたかのようにぴくりと動いたが、素早くナイフを持った手を下へと滑らせ、スリットの中へ刃先を潜らせるように宛てがった。)……変な声出すんじゃねえよ、……。(何か思い出したのをぐっと眉間に力を入れて掻き消す。)………その綺麗なあんよに隠した得物に触れたら、ココの動脈を切る。(つ、と肌を傷つけない程度に刃で触れてそう脅すと、耳元で囁いた。)………あの薬をどこで手に入れた。客どころか手下まで洗脳しやがって。オマエの目的は何だ。………言え。(感情を奥底に隠した低い低い声。)」
「(足の間に冷たいものが宛てがわれたのに気付いてぴくんと全身に力が入り、口を塞ぐマベの手を掴んだ。触れた肌が熱を持ち、髪から女の匂いがふわりと広がるが……、)……、……!? (耳元に囁くその声に聞き覚えがある。緊張した全身の力がふっと抜けていき…、)ん゙ー…んんん…(爪の先で口を塞いだ手をトントントンとつつく。”退かせ”と催促するようなその動きにあわせ、何が言いたげに口内でもごもごと何か言っている。)」
マベ「…………?……、(思い描いていた歌姫と随分違う様子に顔を顰めた。広がる髪の香りに心がざわつくのをわざと舌打ちすることで隠した。)…おい。もうちィと女らしくしとけや。どいつもこいつも……!………。……“お前ら”とも話し合いで終わンなら、それに越したことはねえんだがな……(何かまくし立てようとしているのも手を突くのも抵抗とみなしているのか、誰に言うともなくそう呟くとスリットに潜り込ませていたナイフを引き抜き暗闇で翻した。また赤い光が目の奥でぼうっと揺らぐ。)…悪いが時間切れだ。じゃあな歌姫、恨みは全部俺が背負ってやるからよう────!(そのまま首を掻っ切ろうと腕を振り上げた。一秒、二秒………時間が過ぎるが、動けない。)」
「んっ……!!(両手の指先を口を塞いでいるマベの手と自分の頬の間にねじ込み隙間を開け、ぷは、と息を吸い込んだ。)”やめてよね”……っ、咄嗟に口塞いだのはわかるけど、”もっと優しくして”ってば……!(いつか聞いたようなフレーズを、聞き覚えのある声が遠慮がちな声量で背後に立つマベに伝える。)わっ……、(がく、と足から力が抜けその場に崩れそうになり、後ろのマベに寄りかかる。元々密着していた2人の体がますます密着し、女の柔らかい”肌の感触”がふにっと押し付けられる形になった。)」
マベ「………、…………、(振り上げた手を下ろせないままその耳が女の声を捉え、いつか聴いたのと同じ言葉にあの時の記憶が鮮やかに浮かび上がった。崩れ落ちそうになった彼女の身体を咄嗟に口を塞いでいた手を胸下へ下ろし、後ろから抱き締めるようにして支える。)………………俺が、(ほとんど吐息のような震えた声。密着していれば動揺で心拍数が上がり、身体が熱を帯びたのがわかるだろうか。)……殺すのを躊躇うなんて有り得ねえ。入隊してから一度たりとも、そんなことはなかった。だがどうしても出来なかった……。……そうか、……そうだったか……(最後まで動かさなかった得物を持つ手がようやくそれを離し、床に硬い音を立てて落ちた。今度こそ両手で抱き締める格好になり。)……お前……、ミラだな……?そうなんだろ……?」
ミラ「………なんでマベさんがここに…? ……。……。(ここにいるはずの無い人にぎゅっと抱きしめられ、互いの心拍数が聞こえてきそうなほどにドクドクと激しく鼓動をうつ。安堵と嬉しさと驚きが入り交じって頬が紅潮するのを感じ、何となく気まずくて強引にその腕を振りほどこうとして)…………じゃなくて!声とかぎゅってしたときの感じですぐわかんない!? 私は耳元で声聞いた時点で気付いたんだけどさ、喋れっつっても口塞がれてたら声出せないでしょーが!!(ここが舞台裏であることも忘れて思わずクソデカ声で抗議を始めようと…)」
マベ「バッ……!!(いつもの調子で喋りだしたミラを慌てて強く抱き締め、また手で口を塞いだ……。)…………悪い。潮と船のニオイとエンジン音で、さっきまで感覚がいつもみてえに使えなかったんだ。魔術検知に引っかからねえように使える魔力も限界まで落としててよう、それがどういうわけか、……。………。…………ッ、(言葉が続かなかった。自身の体躯を折り曲げるようにしてミラを強く強く抱き締めた。)…………ごめん………また怖い思いさせちまった…………!」
ミラ「悪かったねえ、女らしい振る舞いっむっんぐ……!!(また口を塞がれ、不満ありげな目をしたままさっきと同じように手をつんつんとつついたが、続くマベの言葉に何度か瞬きをしたあと、こく、と静かに頷いた。)」
マベ「ごめんな……、………!!(その美しい髪に顔を埋めるようにして愛しいひとの匂いを吸い込むと、後悔と嬉しさに顔を歪ませ、それを悟らせまいと口を塞ぐ手を離し、普段そうするように優しく両腕で包み込んだ。)………アァ………。それでいいんだ……、お前はそのまんまでいいんだよ……お陰で俺は過ちを犯さずに済んだんだ……。(もう一度深呼吸しゆっくりと離れると、もう任務中の顔つきに戻っている。)………訳あって歌姫を追ってる。お前こそどうして歌姫の役を演じてるんだ?“本物”はどこだ。」
ミラ「……あー……、えっと。(そっと離れて振り返ると、ミラの目は金色に輝いている。経緯を聞かれて額に目が眩んだとは言えず……)私と本物の歌声が似てるから代わりに舞台に立って欲しいって頼まれたんだよ。歌姫につきまとってるのがマベさんだとは思わなかったなぁ……。やっぱ、この劇団、怪しいよね。 (後悔するようなことを言ったマベの顔をじーっと見て。)……口を塞ぐ時は、優しく。次は間違えないでよ。(両頬に手を添えてゆっくり踵を浮かせ、互いの唇重ねようとする。)」
マベ「(自分の女に目星をつけた者達に怒りがふつふつと湧いてくる。)………お前は身代わりってことか………。(どこまで話していいものか考えたが、歌姫については独断で話すべきではないだろうと判断した。)怪しいどころじゃねえ、奴らは間違いなく大規模犯罪組織だ。完全にぶっ潰すには時間がかかる、ミラ。お前はもう手を切れ。ここからは俺達の仕事だ、……。(頬に手が伸びてきた。険しい顔が和らぎ、困ったような優しい表情へと変わった。)………オマエこそ。今度はくしゃみすんじゃねえぞ?(ミラの腰に手を回し、上体を屈めてその唇にそっと自分の唇を重ねた。)」
ミラ「ん、アンタらが出て来てるなら、もう私が情報集めるまでもないみたいだし、……そうするよ。(任務上の機密事項を理解したのか、それ以上は聞かない。)あは……そんなこともあったね、……(いつかのような失敗を繰り返すことなく、2人の唇が重なる。もう幾度となくしてきたことのはずなのに、なんだかむず痒くて笑いが漏れる)」
ゲラルト「(どさ、と重たいものを床に落としたような音が聞こえ、暗がりの向こうから素早く姿を現した。)……マベ、その女はミ……………………(2人の様子を見て思わず黙ってしまった…)………………申し訳ない。邪魔をした。私が言うまでもないことだったな。 ……ミラ、迂闊な発言はするなよ。(その能力の暴発の可能性を既に認識しているため、釘をさした。)」
マベ「忘れられねえファーストキスだったぜ?………、(照れ臭さは一緒らしく、唇を離すとすぐに目を細めて笑った。落下音にサッと上体を起こし、ゲラルトのほうへ向き直った。)………いや。俺はギリギリまで気づけなかった。危ういところだったんだよ、隊長。(周囲への警戒からミラの背中に軽く片手を回したまま、眉間に深く皺を寄せる。)…………良くねえ話だ。この船にホンボシは乗ってねえ。それと……、(二人の間で答え合わせが必要であると言葉尻を濁すことで暗に示す。)」
ミラ「あ、やっほー隊長。いたんだ。(ひらひら~と手を振り、いつものように挨拶をした。そのあとマベの唇の先をちょんちょんと指の腹で触って、うつったリップの色をぬぐって。)」
ゲラルト「お前がミラを認識できないとはな。……。(マベに視線を動かすとその目が赤く光っているのにすぐに気付き、ゲラルトの澄んだ青い瞳がそれをじっと見つめる。)幹部クラスは5人、他は事情を知らないただの舞台スタッフだ。歌姫に関してはお前の言った通り。……会場には薬がばら撒かれていて、一人の例外もなくその影響を受けているらしい。お前が以前報告してきた例の……、恐らく能力が狂うだろう。お前は特に気をつけろ。発動条件は……。(何の無駄もなく事実を淡々と説明していたが、言葉を区切って、ちら、とミラの方を見た。)」
マベ「面目ねえ……。(その指を無遠慮に掴むと音を立てて荒っぽく口付けた。マベをよく知る者なら手荒には映らず、むしろ“優しい”仕草かもしれない。)…………やはりそうか。どうりで途中から視界が開けたわけだ。(ゲラルトがミラを一瞥したのに気付くと、ああ、と小さく肩を竦めた。)前ン時もこうだったからなァ。なあ?お姫様。(今の今まで握っていたミラの爪の先にまたそっとキスを落とし、ようやく離した。兵士の顔に戻ると片目を細めて。)………三下とヤり合ったとき、俺の急襲を予想して躱しやがった。発動条件には、歌姫が関係しているんじゃねえか?言いにくいならアッチで二人でヨロシクやってもいいぜ。」
ミラ「(マベが手に口付けたのを見て過去言われた言葉を思い出し、顔を上げ、細い髪がはらはらと肩を滑り落ちた。そのままぼーっと見つめていたが、急にハッとして)あっ……あ、クスリ、って………もしかしてロリコン野郎のときの? マベさんの目、あの時見たあれに似てる。……?(2人の反応を交互に見て何となく事態を察した。)……私か。偽物なのに? でも、だとしたら……私の言う”言葉”だよね。だから船の上なのに縁起でもない歌詞の演目なわけね……。もうあと少しで出番なんだけど、私、」
ゲラルト「いや、ミラ。お前は舞台に立て。(ミラの言葉に被せるようにして言った。)今、舞台が急に狂って奴らの幹部に察知され逃げられるようなことは避けなければならない。……私とマベが居れば、何が起きても対処できる。(2人の近くまで静かに歩いて近づいてきた。)……ミラ。頼めるか。」
マベ「そうだ…、俺の目も赤く光っているんだな?……ッハ。見えるようになりゃいいのに、そうはさせてくれねえってか。(自嘲気味に笑ったが、ミラの様子にすぐに真顔に戻って。)………船の上なのに、縁起でもねえ歌詞だと?………。………。(ゲラルトに続いて、ミラの肩に手を置くとじっと見つめた。)……俺からも頼む。お前の晴れ舞台をじっくり見れねえのは寂しいが、声だけはどこにいたって聞こえるからよ。……目一杯、歌ってくれ。お前が近くにいるって思えば、どんな奴が相手でも負けやしねえ。」
ミラ「恋が叶わなかった女の恨み歌だよ。どうして私を愛してくれないの、私を愛してよ、叶わないなら何もかも海に沈んで消えてしまえってね。(また2人を交互に見て、黙って頷く。)私もおっきな舞台で不安だったんだけど、2人がいるって思えばやれる気がしてきた。(に、と笑った。)関係者の偉い人は、あそこのボックス席で悠々と舞台を見てるよ。監督は反対側の舞台袖かな。」
ゲラルト「確かに、船上で好んで聞くような演目ではないな。(ミラの指し示した方を目で追って。)ここを抑えれば私たちが隠れる必要もなくなる。騒ぎになる程でなければ多少、術式を使っても構わないだろう。 ……マベ。お前は客席で奴らを確保しろ。舞台袖は視界の利く私が抑える。」
マベ「悪趣味な歌だぜ。幽霊船が舞台のディナーショーじゃねェんだぞ。(ひひ、と笑ってみせた。)………了解だ、お前も気をつけろゲラルト。例の薬は報告書を上げた時より改良されてるかもしれねえ。こんな広範囲に散布するとはよう……。(自分の目に宿る光を打ち消すように瞼に強く力を入れた。)…得物は足りてるか?」
ゲラルト「私はひとつで十分だ。 薬の影響がどの程度出るかが気になるが、まあ、問題ないだろう。 (隣をすり抜けて行くミラの背をぽんと優しく押した。)」
ミラ「ん。終わったら隊長の奢りで祝杯ね。…………いってくる。(煌びやかな舞台の方へ静かに歩みだし、体の前に滑り落ちた長い髪を両手で肩の後ろへ流すと、ミラの長い絹のような髪の1本1本に光が透け美しく光った。)」
マベ「おう。見せつけてやりな。(短くただそれだけ、しかし声色には彼女への思いが滲んでいた。どこか愛おしむように一度瞬きをしてからゲラルトを振り返った。)……行くか。」
ゲラルト「(ミラの後ろ姿を見送ったあと、特に何も言わずマベに視線を送った。次の瞬間には舞台袖の闇に消えて姿が見えなくなった。)」
(最終演目の直前。舞台の照明が消え、場面転換が始まった。中央の最も見晴らしの良いボックス席に座る僅かな関係者達が、短い時間の間に思い思いの言葉を口にし始めた。おおよそ舞台には似つかわしくない内容ばかりではあるが。彼らの背後から、暗闇に紛れて一つの影が現れた。)
「お客様方。ここから先は別料金となります。よろしいでしょうか」
(怪訝そうに振り向いた者達の顔色がサッと変わった。暗闇から二つの赤い光がゆっくりと近づいてくる。)
マベ「……俺達をこォんな大海原まで呼び付けといて、タダってわけにゃいかねえだろ?安心しな、払うモン払ったらちゃァんと引き換えてやるよ。………“地獄行き”って書かれた特別チケットとなァ。(ハーネスのホルダーに差した2本のナイフを腕をクロスさせるようにして引き抜き、構えた。)」
(スポットライトが舞台中央に立つ美しい歌姫の姿を照らし出し、客が一斉にそちらに視線を向ける。この空間にいるほぼ全ての人が舞台中央に釘付けになる中、マベのいるボックス席のすぐ側にある客席上の照明用通路にいた関係者が”赤い光”に気付いてそちらに視線を向けた。)
「あそこのボックス席……」
(ぎり、と革の擦れる音がして、何者かが通路の手すりに手をかけた。懸垂をするように身を持ち上げて軽々と通路に着地し、ボックス席に気がいっていた男を後ろから羽交い締めにして首元にナイフを突きつける。)
ゲラルト「……騒ぐな。(目線を下げたまま、低く静かに一言だけ発した。)」
(しんと静まったなか深く息を吸う音が聞こえ歌姫が最初のフレーズを歌い始めると、そのあまりに澄んで美しい声に思わず会場内がざわめく。)
マベ「…………!!(その息遣いにミラの存在を感じ、耳の奥の奥まで響く透き通るような美しい声にはっとした。目を細め、少し優しげな顔つきをした…のはほんの刹那で、カッと目を見開くとそれは赤い光を伴い獰猛さを増して、口の端が裂けそうな獣の笑みを見せつけた。)……さあ、フィナーレまで一直線だぜ……!!」
(立ち上がった者達の一人が飛び掛ってきたのを躱し、続いて襲い掛かってきた者の横っ面に裏拳を叩き込んで打ち倒した。折り畳みナイフを開く音に振り返ると、躱した男が凶器を手に突進してきたのをぎりぎりで受け流す。その腕を片手で抱え込むと、伸び切った肘に向かって下からの膝蹴りを見舞った。)
マベ「(男が悲鳴を上げる前に、既にその口を手で完全に塞いでいる。)声を出すなよ……観劇時のお作法だぜ?」
ゲラルト「(男が何か言おうとしたのと同時にミラの声が聞こえ、視線を上げると、普段透き通るほどに青いその目が赤く光っている。男の片腕を持ったまま脚を引っ掛け、背中に乗りかかるようにして押さえつけようとしたが、思いの外強く床に打ち付けてしまい、男はそのまま気絶してしまった。)……ん?」
(2人の戦闘の音は音楽とミラの歌声に掻き消されてほとんど聞こえなかった。愛する人と結ばれずに消えていく女性の心情を描いた歌の歌詞が、ミラの意志によって即興で書き換えられていく。)
ゲラルト「……あいつ、あんなに歌えたんだな……。(舞台のミラを見下ろしてぽつりと呟くが、演目について知らないゆえにその歌詞の変化には気付けない。ボックス席の方へ向き直すと手すりにもたれて明らかにマベの方へじっと視線を向けて、人差し指と中指を揃えた手を片目にあてたあと、ピッと離して敬礼をした。)」
マベ「………………。(3人目と取っ組み合いながら、ふっと舞台とは別の方向へ目をやる。会場にいる誰もが気付かないであろうその視線と、空を切る敬礼にふっと笑った。)………バーカ。心配させやがっ………て!(余所見しながら、取っ組み合っていた男に見事な急所蹴りを喰らわせると、細めた片目に手を当てて返した。笑みを浮かべたまま、べ、と舌を出す。)…………さ、あと2人かね?気張って行くか。愛するお姫様の歌声なんて、最大の武器だろってなア!(残った者達と睨み合いになりながらも、戦闘中に見せることのない上機嫌な顔をしている。それは間違いなく、その歌詞が意味するところを理解しているからで。)」
(マベが敬礼を返し残った敵に目を向けた頃にはゲラルトの姿は無くなっていて、会場のどこかから僅かに魔術反応がした。
ミラの紡ぐ言葉が演目どおりではなく、離れ離れになった人への愛の言葉へ書き換わっていくことに会場が気付き始める。その思わぬ事態にざわめく舞台袖では、舞台全体を指揮している男が怒りを露わにしている。)
「おい、あのニセモノは何を歌っている!?演目通りに歌えと伝えろ!舞台から引きずり下ろしてでも元の歌詞通りで客どもを洗脳――、」
(騒ぎ立てていた男が振り返ると、そこにいた関係者たちは既に動かなくなって床に転がっていた。そのかわりに暗闇の奥から静かな足音が近づいてくる。)
「……ミラを、身代わりに舞台に立たせると決めたのはお前か。」
「だ、誰だお前は……」
ゲラルト「……国王直属部隊”ウライオス”第二部隊 部隊長、ゲラルト・シェズム。お前をこの国の危険因子として然るべき処分を下す。(その量の赤い目が開かれると、一瞬周りの視界がぐらりと歪みそうな程にその場に滞留する魔力がざわついた。その目に宿るものは新月の夜に見た狂気とは全く異なる。)」
(閉鎖空間では有り得ない空気のざわつきに、マベが思わず舞台袖のほうを見た。その隙をついてアイスピックのような暗器を幹部の一人が投擲する。余所見しているマベの目に突き刺さる、と思いきや予測していたかのように顔を背け、赤い光の線が暗闇に走った。)
マベ「……ダーツは別の階だぜ。(客席に落下する暗器が空中でふわりと動きを止め、その鋭い切っ先が敵の方を向く。一点に凝縮された風が暗器を飛ばし、敵の鎖骨あたりに深々と突き刺さった。うめき声を上げうずくまろうとする相手に飛び込み、顎を蹴り上げ昏倒させる。)……さてと。そろそろうちの部隊長サマがお怒りになる頃合いだ。もうわかってると思うが、俺もこれ以上はねえってくらいにブチ切れてンだぜ…?(背中を向けた先にいる最後の一人に、穏やかな声色で話し掛けながら振り向いた。その顔は言葉通り怒りに満ち溢れ、身に纏う風がその髪を揺らしている。)」
「(ゲラルトの赤い目を見てフンと鼻で笑う。)なんだ、お前も薬の影響下にいるんじゃないか。ならあのニセモノにそうと言わせればいいだけだ!(舞台に立つミラに向かって手を伸ばし、何らかの術式を使って彼女を制御しようと試みる)」
ゲラルト「(男が手を伸ばし切る前にその腕を蹴り上げ、その勢いのまま男の側頭部を蹴り飛ばす。そのまま倒れ込む男の背に乗って抑え込むと、暫くじっと黙っている。)……。……。実際ミラの歌声は人の心を動かしているだろうが……? 私たちにとってミラは本物だ。ミラの代わりは誰も出来ない。 」
(男がなお騒ごうとする様子を見て、太ももに付けていたベルトを抜きとって後ろから男の口に噛ませるように通し、猿轡にして頭の後ろで金具を止めた。抜いたベルトで止められていたケースから細い紐を取り出し淡々と男を後ろ手で縛り上げていく。)
(ミラの歌が変化していく。人を愛することの素晴らしさを教えてくれた”あなた”へ、その選んだ道を肯定し、これから先の人生が悔いの無いものになりますようにと祈りを込める。)
「…………暴れるだけが能の野郎め。どんなに我々を追っても無駄だ、そのうち後悔することになるだろうよ!その時は犬らしく、吠え面────」
マベ「(男が言い終わる前に飛び掛かり、頭に蹴りを落とした。崩れ落ち動かなくなった男を見下ろす背に、ミラのその声が響く。)……………だったら後悔しないように、やれることをやるだけさ。………。………な、そうだろ…?(舞台の上の愛するひとを見つめ、小さく問いかけた。その目は優しく、どこか切なそうで。誰にも見せたことのない顔を暗闇に向けて隠すと、気絶している者達を捕縛せんと動き出す。)」
(やがて曲が穏やかになっていき、会場にはミラの歌声だけが静かに響く。)
これからもずっと
この命が続く限り
愛しい、あなたへ
ミラ「(周囲の期待に答えるために必死に習得した歌声を今誰かの身代わりとして歌うことに、その歌詞を今の自分が愛の詩へと書き換えたことに、複雑な思いが沸き起こって大きな目に涙をためて。歌詞に乗せて自然と伸ばした手の指先が客席の向こうへと向けられる。)……!(その先に見えた光景にはっと驚く。)」
(観客が一斉に歌姫に拍手を送る中、ミラの視線の先、客席の後ろにこの場に似つかわしくない黒い戦闘服の男が2人立っている。その姿が見えると堪えきれずにミラの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。)
マベ「(拍手喝采の中、こちらへと手を伸ばし涙を見せたミラを穏やかな顔で見つめている。)…………俺、忘れねえよ。もし目が完全に見えなくなっても、耳が聞こえなくなったとしても。今日のことは、きっと一生、忘れねえ………。(視線の先のミラに微笑んで頷くと、静かに拍手を送った。声には出さなかったが、その唇が彼女に向けて何かを囁いた。)」
ゲラルト「(目を細めて静かに頷いた。)……またミラを泣かせてしまったな。あいつは笑っていた方がいい。(隣にいるマベを少し見上げると、その穏やかな表情に少し驚いた様子を見せる。少しそのまま動かずにいたが、不意に悪戯っぽくにやりと笑うとマベの耳元に口付けるフリをして、ミラの方をチラッと向いてから振り返って暗がりにその姿を消した。)」
マベ「ンおっ…!!(耳元に口付けるフリをされるだけでゲラルトより数cm高い背丈が跳ね上がった。会場の盛り上がりに紛れ、誰にも気付かれることはなかったが。耳を押さえ、明らかにイラッとした顔で振り返る。)……おい……おいゲラルト……!お前なあ、この前は黙っててやったが今日はそうはいかねえからな!?俺は感覚が鋭いってわかってンだろ!?次やったら……、…………!!(赤くなった耳を隠すようにしながら、悪態をつきつつゲラルトに続いてそこから立ち去っていった。)」
ミラ「あは……、ばか……、なにやってんの? ……っ、ふふっ、(マベとゲラルトの様子を見て弾けるような笑顔を見せると、その愛らしい笑顔にまた会場が湧く。伸ばした手をそっと胸に当て、上品に深々と礼をして見せた。)」