(イシスアセト全域が災害級の大雨に見舞われたあの夜から暫ぬ経った頃。ウライオスの本部、ある一室。)
ゲラルト「…………。(いつものように奥にある机の所に座っていて、山のように積み上がった書類と向き合い、俯いて頬杖をついたままじっと動かない。ぼんやりと目は開いているがその瞳はじっと一点を見つめたままで、動かない。)」
マベ「(コツ、コツ、とゆっくりした足音。普段のように魔術は使わず、その道程を確認するかのようにゆっくりとその部屋の扉の前まで歩いてくる。)…………………………。
(そこで立ち止まると普段見せない、思い詰めた表情のまま俯いて何かを考え始めた。)………………。…………。(数分間経っても微動だにしなかったが、時が解決するわけでないことを本人も理解しており、ゆっくりと首を横に振った。おそるおそる手を伸ばし、二度、扉を叩く。)」
ゲラルト「(じっとそのまま止まっていたが、扉を叩く音でハッと顔を上げた。)……、……入れ。(言ってから視線が机に置いていた手袋の方へ向き、手を伸ばした。)」
マベ「(ゆっくりと、扉を開けた。普段のどこか挑発的にも見える佇まいではなく、姿勢を正した姿でそこに立っている。)……………………。(後ろ手にドアを閉め、机の前までまたゆっくりと近付いた。左目の上あたりの額にわかりづらい程度の絆創膏が貼られている以外は、平生と変わりない。黒眼鏡の奥から、濃淡のはっきりとしない瞳がゲラルトを見つめた。)………………よう。(低く、囁くような声。)」
ゲラルト「(片手の手袋をはめた状態で、視線は落としたまま。)久しぶりだな。どうだ、調子は。(ほんの少しだけ、いつもの果実のような匂いにモカコーヒーのようなスモーキーな匂いが混じって漂った気がしたが、もう片方の手袋をはめるとそれはすぐに分からない程度に消えてしまった。) お前にふたつ、話がある。良い話と悪い話、どちらから聞きたい?」
マベ「まあまあってとこだな。身体が鈍って仕方ねえや。………。(何を言おうか迷ってちら、と視線を一度だけ外した。どちらから聞きたいかと問われると、またほんの僅かの間視線をどこかへやって息を吐いた。)…………あんたはいつも、俺に何かを選ばせようとするな。………まあいい。…………良い話ってのは、何だ。そんなモンがあるとは、思っていなかったが?」
ゲラルト「私が、という訳でもない。人生とはそういうものだろう。(机の上に視線を落としたままで、短くため息をついた。)……例の暴風雨は”国内に関与したと思われる術師が見当たらない”という理由で、単なる自然災害として扱われることになった。それと、……人的被害は無かったそうだ。」
マベ「俺の人生の岐路にちょくちょくお前が関係してるってことになるんだがな。(冗談ともつかない真面目な顔で淡々と。)…………。………そうか…………。(人的被害はないという言葉に幾分か安堵の見える表情になったが、目の鋭さはそのままで。)………術師は見当たらなかったということにするから、(一旦唇の動きを止めて、息を吸った。)………”ここを去れ”………か?」
ゲラルト「……。……。(少し目を細めて、机の上に置いた両手を組んで。)あんな暴風雨を国内全域に起こせる程の術師はいるはずがない、ということだ。”奴ら”は新月の夜の可能性に気付いていない。……まあ、私も迫真の演技ですっとぼけてやったが。(ふと、視線を上げた。真っ直ぐ向けられたその目はいつも通りの静けさ。)……ここから先が悪い方の話だな。 」
マベ「……気付いてないし、言ってもねえんだろ?(ほんの少し呆れた顔になり。)なにが迫真の演技だ。どうせ無表情でのらりくらりとかわしたんだろ?想像つくぜ。(視線を上げた気配にじ、と見下ろした。滲んだような色の瞳には様々な感情が渦巻いている。)……遠慮は、……部下相手にはしねえんだったな。ハッキリ言えよ。相応のことをやったんだ、…覚悟はしてるぜ。」
ゲラルト「当たり前だ。下級の魔術師にも理解できるように説明する自信がなくてな。(鼻で笑った、ような気がした。)期間1ヶ月間の謹慎処分、その間の魔術使用を禁ずる。(短くそれだけ言うと一旦黙った。)」
マベ「…………………。(少しの間、言われたことが理解できずに固まった。)…………………。…………謹慎。………それだけか?」
ゲラルト「外出可、但し王都で目立つことはするな。魔術は……常時発動のものくらいはいいだろう。どうせ誰も気付かないしな。表向きには戦闘で負傷したマべ・マヘスが療養をしている、ということだそうだ。……。(どことなく気だるげに頬杖をついた。)……国王の計らいに感謝するんだな。」
マベ「……俺は……、(机の向かい側から身を乗り出すようにして)………俺はまだ、ここに……ウライオスにいられるのか…!?隊員として……、……お前の飼い犬として戦えるんだな……!?………ここにいて、いいんだな………?」
ゲラルト「(じと、とその様子を見た。)……ああ。まだこの隊で、鬼上司と名高い誰かの部下として生きて死ねということらしい。不運だったな。(またふと視線を逸らした。)……処分を受けるのはお前だけではない。私もだ。」
マベ「……………………!(ゲラルトが視線を逸らしたその一瞬、怒ったような、嬉しそうな、そんな複雑な表情を見せた。逸る気持ちを抑え込み、口を開く。)………おま、……………隊長も?どうしてだ……。俺だけで十分だろう……。」
ゲラルト「部下が任務外の戦闘に行くのを止めず、私が傍にいながら戦闘不可になるほど負傷させ、本来の任務に支障をきたす結果となった。(淡々と事実を述べていくだけで、表情は少しも変わらない。)私は表も裏もなく「謹慎処分」だそうだ。ただし書類は自宅に届くらしい。(目を伏せ、思わずほんの少し苦笑いが漏れた。)……どれだけ働かせれば気が済むのだろうな。」
マベ「………無能どもめが。(今度は本当に怒りの感情を露わにした。)聞いたぜ………俺の任務、お前が肩代わりしてたんだろ……?お前だってどれだけ深手を負ってたか判るだろうに、御託だけは立派に並べやがって……、上の奴ら、昔と何ら変わっちゃいねえ……!!(ギリッと拳を握り固め強く歯噛みした。)…………。………………。(ふっ、と肩の力を抜いた。)…………………燃やすか。……書類。」
ゲラルト「それだけで済んだと思えば、大したことではない。部下のやったことの責任を取るのが私の仕事だ。勿論、くだらん報告書を訂正してサインをするのもな。書類を燃やしてまたボヤ騒ぎを起こすのは御免だ。 だが、……まあ、総じて言えば、……暇になるな。(ぼーっとどこでもない一点を見つめて何か考えている。)……。……約束、覚えてるか? (ぽつりと何かを不意に思い出して静かに呟いた。)」
マベ「……………。………正直、不名誉除隊かもしれねえと思っていた。それに比べれば大したことじゃねえが、お前の扱いに関しては不承知の不承知だ。……あぁクソ、一年前も同じようにはらわた煮えくり返ってたの思い出して余計腹が立つぜ……。(ちら、と視線だけゲラルトの顔のほうへ向けた。)………………ああ。………覚えてる。」
ゲラルト「お前は相変わらずだな。私たちの目的は果たせた。そしてお前も私も、この隊で命を燃やすことを”許された”。それ以上に望むものがあるか? ……私は、じゅうぶんだ。これ以上は、何も…………。(その先は言わなかった。ふと見上げて、青い目が真っ直ぐに向けられる。)……そうか。なら、約束を反故にすることはできないな。……来るか?(思いがけず明るいトーンの声で短く言った。)」
マベ「………俺はお前とは違う。その問いかけに対する答えが同じであっても、そこに至るまでの考え方も、答えの先に見ているものも、違うんだろうな…。……部隊に残れることになったのは嬉しいよ。けどそこで満足はしねえ。俺には俺の理想があるからな……。(言いながら、今度はマベのほうが目を逸らした。どこか照れ臭さが紛れている。)……………、………本当に、行っていいのかよ?」
ゲラルト「……それでいいのかもしれないな。根本的に相容れない存在だ、お前と私は。(表情の変化を見てまた気怠げに頬杖をつくと、ふう、と長めに息を吐いた。)何だ。普段何の遠慮もせずに言いたいことをズケズケ言うくせに、そんなことは遠慮するのか? お前1人上がる程度、私にとっては小さなことだ。……嫌ならやめてもいい。私の気が変わらないうちに返事をした方がいいと思うが。(く、と意地の悪い笑い声が僅かに喉の奥で鳴った。)」
マベ「ああ、ここまで相性の悪い奴はお前が初めてだ。俺は誰か一人の負担がでかすぎる組織は嫌いだからな(はん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。その先をどこか遠い目で見つめる。)………まァ、それでもここまで心中せずに生き残れたってことは、………。………どっかで通じてるところがあンだろうよ。(はあ、と溜め息をついた。)…………お前。俺があの人にどんな態度取ってきたか知ってるだろ。お前にだって隊、ッ……!(意地の悪いその笑い声を耳が捉え、嫌そうな顔をして振り返った。)ああもう!お前はいつだってそうだ、せっかち野郎が。……………行く。行くっつってンだろ。」
ゲラルト「組織もそうかもしれないが、……お前が嫌いなのは私だろう?(机の上にあったサイン済みの書類を避けると、その弾みでペンが転がって床に落ち、硬い音を鳴らした。)私たちの任務を進める上では個人の感情は不要だが、今回はその限りではなかった。今回生き残ったのは、意思があっての事だ。(振り返った先で、頬杖をついたまま、思いのほか穏やかな表情をしている。)……マべ。大事なのは今これから何をするかだ。取り返しのつかない過ちのひとつやふたつ、誰にだってある。 ………。……どうせ明日から暇なもの同士だ。変な気は遣うなよ? (落ちたペンを拾おうとゆっくり立ち上がった。)」
マベ「(ゲラルトの言葉にはっとして身体の動きを止めた。ペンが床に落ちた硬い音が響いても、身動ぎ一つしない。その穏やかな表情を驚いたような顔をして見つめ、黙って耳を傾けている。)………………。……………おれは、………、………、………。(長い沈黙の後、何か言おうとして迷ってしまう。何度も息を吸って言葉に出しかけてはそれを打ち消し、立ち上がったゲラルトを視線だけで追った。)……………………。(ぐっと俯き、音を立てるほどの強さで拳を握り締める。)……言ってくれるじゃねえの……。俺があの時どんな気持ちでお前に”ぜんぶ”渡したと思ってンだ……?(だんだん感情的な声色になっていくが、いつものような怒りのそれではなく、もっと別の何かで。)」
ゲラルト「(ペンを拾って立ち上がると、さっきまでよりも随分近い位置で目が合った。)さあな。私は人の感情に鈍感なんだろう? ……用件はそれだけだ、帰っていいぞ。 ……。(視線を外すと、しばらくそのまま考え込むように黙り込んだ。)……いや、気を遣うなと言ったが、それはあくまでも”私に”だな。悪いが、あの人には多少気を遣ってやってくれないか。……プリン1つでいい。」
マベ「(目が合った、今度は顔を背けず真っ直ぐ見つめた。)………そうだな。そろそろ、いいかもしれねえな……。俺がお前をどう思ってンのか。家に行ったときに、教えてやるよ。(片目を細めたが、口元は笑っていない。)…………わかった。1つじゃ悲しい顔して夢枕に立たれそうだから、お前も食わざるを得ないくらい買ってきてやらあ。(へ、とそこでようやく笑った。)………転移が使えねえのは、不便で仕方ねえな。ま、処分は謹んでお受け致しますよ。俺には選択肢はねえからな。(踵を返し扉に向かって歩き出す。背を向けると、ピタと止まり。)………それとなァ。隊長よ。俺が行くまでに、やっといてほしいことがあるんだわ。」
ゲラルト「……今更、気になりもしないけどな。(机に片手をついて止まったあと、細く長く息を吐きながら頭を下げた。)……あー……いや、プリンは1つでいい。あれだけはどうしても好きになれなくてな。 ……? 何だ。一応要望だけは聞いておく。(そちらを向きもせずに答えた。)」
マベ「そうかい。俺も随分と嫌われ、……いや……。………今のは聞き流してくれ。(背を向けたまま緩く首を横に振った。)………わかったよ。……………。”飯食って”、”熱いシャワー浴びて”、”しっかり寝ろ”。……その3つだ。…………疲れ過ぎだ。病院出たてでまだ感覚の戻ってねえ俺がわかるくらいにな。………約束は、お前の体調が戻ってからでいい。(そう言うと足早に扉の前まで歩いていって、そこでも一旦立ち止まった。)……………迷惑かけてすまなかったな。隊長。」
ゲラルト「………………。今日この大量の書類を処理して、業務の引き継ぎを他の隊員にしたらな。 1日か2日寝れば元に戻る。その程度のことだ。(もと座っていた椅子に座り直し、扉の方を向いた。)長くここに居れば、こういうことはそう珍しいわけでもない。……ただ、そうだな。お前の気が済まないというのなら、処分明けに死ぬほどこき使ってやろう。(全くの無表情でそういうと、積み上がった書類の束から1枚取って目の前においた。)」
マベ「…………………。(ドアノブに手を掛けた。出て行こうと扉を開きかけたが、すぐにバタンと勢いよく閉めた。)……ああ、クソが……!!………俺は誰か一人に負担のかかるやり方が気に食わねえっつッてンだろ!?(その勢いのまま振り向き、悪態をつきながら大股歩きでゲラルトの前まで戻ってきて、書類の山の上に乱暴に手をついた。)
……焦らされるのも嫌いなの知ってるよな?今からこき使われてやるよ。俺がヤったってわかんなきゃいいんだろ!?(それだけ言うとその山を持ち上げ、来客対応用のテーブルに置いた。自分はゲラルトに背を向ける格好でソファに腰を下ろし、書類を手に取った。)」
ゲラルト「(その様子をただぼーっと見ていて、止めはしなかった。止める気力が無かったというのが正しいのだろうが。)……お前は、……本当に、迷惑なやつだな。さっさと帰ってくれればいいものを……。(右肘を机につき額に手を置いて、眉間に皺を寄せながらじっと目を閉じた。)」
マベ「今更だな。(背中越しに、フンと笑う声。)休みたけりゃ勝手に休め。………おい寝るならベッドで寝ろ。疲れが取れねえぞ。(そう釘を刺すと書類を一枚手に取り、両面に手を当てて読み始めた。目の見えないマベの独特な読み取る仕草。)………疲れ切ってるくせに、何度も病院まで足運びやがって。本当、素直じゃねえな……。(最後はほぼ独り言。解読に集中するために、そっと瞼を閉じた。)」