(日が落ちてもう随分と時間が経ち、半分の月がようやく空に顔を出した頃。イシスアセト、ウライオス本部内。建物の裏側、普段隊員たちが訓練に使っている広場。不思議なくらいしんと静まり返っている。)
マベ「………………………。(片脚を伸ばし、折り曲げたほうの片膝に腕を乗せる格好で座り込んでいる。火の点いていない煙草を指で挟んだまま咥えて、ぼーっと空を見上げている。)」
ゲラルト「(離れたところから、足音が聞こえてくる。夜風に吹かれて翻ったコートの裾から、暗いボルドーがちらりと見えた。)ここに居たのか。何をしている……?(その一言でわざわざ探して来たのだということが伺えるのに、そうとは言わない。)」
マベ「(足音で誰が来たかは判る。だが立ち上がることも振り向くこともしない。風に髪が揺れ、地面に広がるコートの裾が少しはためいた。)……………。この前の仕事で人死が出たんで、まぁ鎮魂代わりの一服ってやつっす。(ようやく、顔だけゲラルトのほうへ向けた。)火は点けてねえっすから、ご安心を。」
ゲラルト「(すぐ傍で止まった。)そういうところは相変わらずだな。(こちらを向くのを察知して、無意識にふと別の所へ視線をやった。)禁じた覚えは無いが。……お互い、仕事も終わった後だ。」
マベ「……そういうところって。(明確に問うでもない語尾の上がり方。こちらもまた、前を向き。)ああ、あんたにはそうだったな。…昔一刀さんに叱られたんだよ。舌とかの感覚が鈍るからって……黙って吸ってたらすっげえ怒られた……(きまりの悪い不良少年の態度そのもの。)」
ゲラルト「あまり感傷的になるなということだ。 舌の感覚、か……。もうお前はその程度で感覚が鈍ることもないだろう。(その名が出た時ほんの少し俯いた。少し間をあけた隣に座って、ふと夜空を見上げる。)……懐かしいな。 ……いや、……仕事が終わった後に悪いが、仕事の話をしにきた。」
マベ「感傷的、か…。(何か言いたげだが、どこか沈んだ表情のまま。)………いや、初心忘るべからずってやつです。俺はちょっと気を抜いたら、人に言ったことも忘れてやらかしちまうんで。(少し離れた隣に来たゲラルトに意外そうな顔をしたが、自分もすぐ視線を空に戻した。)………一刀さんとの思い出も、忘れたくねえし。(ぽつりと。)………、仕事っすか?」
ゲラルト「報告書を読んだ。いちいち心を抉られていたら、お前の身が持たん。(と、言ってから少し思うところありげに僅かに眉間に皺を寄せた。) 今度の建国祭の件だ。主にはお前の管轄だが、一部、私の任務に関わる。私も出るが、問題は無いな?(語尾は問いかけでありつつ、有無を言わせない口調ではある。)」
マベ「わかってる……あんたも隊長になったときから、そう思って今日までやってきたんだろ。(少しだけゲラルトのほうへ顔を向けた。仕事の内容を聞いていたが、出撃の詳細に驚きの表情を隠せなかった。)………隊長が、俺と!?他の奴等は!?(思わず身を乗り出した。)」
ゲラルト「(なにか言おうとしたが、やめた。ちら、とその様子を見たがまた視線を前へ戻して。)何だ。不満か? 今回の件は少し厄介だ。単に会場を制圧すれば良いという話でもない。相手に気付かれないよう、なるべく少数で出る必要がある。」
マベ「不満なわけねえだろ!?ずっと、………ッ、………。(身を乗り出したまま顔を背け言葉を詰まらせた。いつの間にか落としていた煙草が、地面についた手の横で少し転がった。)………、………隊長。…………俺の頼みを、聞いてくれますか?」
ゲラルト「歯切れの悪い言い方だな。お前はもっと言いたいことをズケズケ言う人間だっただろう。(という間も、まったく目を合わせようとはしない。どこか遠い所を見ているようだ。) 聞くだけ聞こう。その上でどうするかは、私が決めることだ。」
マベ「………後で、言うよ……(本当に歯切れが悪い。マベにしてはかなり珍しい口調で、どこか照れが入っているかもしれない。)…………。(完全にゲラルトのほうへ向き直った。その顔を真っ直ぐに見つめ、)ーーー今この時だけ、同僚だった頃のように話しかけてもよろしいでしょうか?」
ゲラルト「(ちら、と横目で見た。)今更だな。お前はいつも大して敬語を使わないくせに、何を改まっている。 …………どうした。(選んだ言葉はごく短い。)」
マベ「………5年前にお前に言われた通りだよ。俺は自分の仕事で助けられなかった奴がいると、いまだにこうやって滅入っちまうし、つい感情的になって、その場にいる奴等全員殺しちまった。俺は甘ちゃんで、覚悟が足りてねえ。(視線を外した。)……お前に偉そうに言っておきながら、このザマだ。」
ゲラルト「感情のままに殺すのは精神に未熟なところが残っているからだ。(ふ、と短く息を吐いて。)だが、私も経験が全く無いわけでは無い。それを人に指摘された事もある。…誰でも起こりうることだ。私たちも、人間だからな。 ただ、私が手に掛けた人数は比にならないからな……、滅多に起きることでは無い。」
マベ「………そうだ。俺は未熟だ。(自分に言い聞かせるように。)……………。(目を細めた。言いたいことを頭の中で整理しながら、必死に言葉を探る。)………あの時、お前が一番辛いのはわかってた。頭ではわかってるつもりだったのに、俺は自分のことしか考えてなかった。……今更だよな。」
ゲラルト「本当に今更だな。過ぎた話だ、気にするな。(目を伏せ気味にして、ふと吐き出された息はほんの少し笑っているように聞こえたかもしれない。) あの時お前は、全員殺す必要は無いと私を非難したな。……私にはその必要があったが、話すことを許されていなかった。それをお前に言えていれば、あんな風にはならなかったのかもしれないな。」
マベ「(気にするな、と言われたことに驚いた。)………そう、だったのか。(深く項垂れた。後悔に顔が歪む。)…ちょっと考えりゃわかることなのにな。隊長にだけ極秘命令が下されるなんて、当たり前くらいのことなのによ。お前は…、(顔を上げかけたが直ぐにまた下ろした。)……一刀さんを亡くしてから、ずっと目の前にあるものを追いかけてたんだな。」
ゲラルト「(遠くを見つめたまま、一度だけ頷いた。)立ち止まるわけにはいかなかった。私に与えられた任務は、一刀さんから引き継がれたものだったからな。 ……今思えば、もう少し言葉を選べたとは思うが、あの時の私にはそれができなかった。そういう意味では……、お前の言う通りだったのだろうな。」
マベ「……あ、……あ……!(5年前の記憶が、ゲラルトの言葉が頭の中で再生されていく。全てが繋がっていく。)…じゃ、おれ……一刀さんの、最後の仕事に…それをやり遂げようとしてるお前に…あんな、…あんなことを……。(言葉が継げない。手が、唇が震える。)」
ゲラルト「私はあの人とは違う。人格もやり方も、人との接し方も。だが私は、一刀さんが道半ばで遺した仕事をやり遂げた。……ちょうど、お前が見舞いだと言って私に無理やりリンゴを食わせて帰った時だ。(はは、と今度ははっきり笑った。) ……それで、いいだろう?(ようやく、隣に座るマベの方を向いた。月の光を受けて、その瞳の色がいつもより暗く穏やかに見える。)苦労をかけたな。俺を、……許してくれるか?」
マベ「………………。(絶句した。笑っているゲラルトにも、その表情にも、そして、許してくれるかという問いかけにも。何もかもが一度に押し寄せてきて、すべてを押し流していく。)
………お前は、何も悪くない。(震えながら、声を振り絞って答えた。)
…あの時俺は、他の隊員が動揺してるって言ったな。違うんだ、本当に動揺してたのは俺だ。俺だけ取り残されて、お前だけ、なにか答えを見つけて超越しちまってるように見えちまったんだ。
俺がここに流れ着いたのは、あの人のお陰だ。そう思ってずっと背中追いかけてきたのにって……ああクソ!(ガッ、と地面を拳で叩いた。叩いた拳がぶるぶると震える。)本当に、っおれは、自分のことばっかで…っ…!!(たまらず顔を背け、黒眼鏡を外し目を覆った。指の間から次から次へと涙が伝い、手の甲から地面へ落ちていく。)」
ゲラルト「おいおい……、本当にお前はすぐ感情的になるな……。(その様子を困った顔で見ている。)私がここに流れ着いたのも、あの人のお陰だ。あの人に救われなければ、私はとっくに死んでいた。そうやってお前と私が出会ったというのに、5年もろくに口を聞いていなかったのだから、一刀さんにも謝らなければならないな。」
マベ「うっせえ!!お前、がっ……泣かない代わりに…ッ、…俺が泣いてンだろうがよっ……!!(ごしごしと強く目を擦る。それでも涙が次々溢れて止まらない。ずっとずっと溜め込んできたものが一気に溢れていくように。)っ、ゥ……っ、ごめん…っ、ごめんなゲラルト…ッ…ごめん…!!一刀さんもごめんっ……本当にごめん…!!許してくれなんて、言わねえから……っ……(覆っていた手を離した。見えない目から涙が零れ続ける。両の手をついて頭を下げ、嗚咽を飲み込みながら背中を震わせる。)」
ゲラルト「……そう、か。(思いがけず、ある人と同じようなことを言われて言葉が詰まった。)いや、許す許さないの前にそもそも私は怒ってはいない。さっきも言っただろう、過ぎた話だと。……。(手を伸ばしてぽんと背中に置き、トントン、と軽く叩いた。) ……あー、……お前、その話しただろ?(少し気まずそうに、話題を変えて。)」
マベ「っ……、……たい、ちょ……隊長ぉ、っ………う……!(優しく肩を叩かれた。名前は呼ばないが、きっと”二人”のことをそう呼んだのだろう。袖で目を擦り、ぐっと嗚咽を抑えつけた。)…………。(ようやく顔を上げた。気恥ずかしさが出てきたのか、視線を外し。)………え?このことです、か…?………。………あ。はい。しました。(なんとも間抜けな返事をした。)」
ゲラルト「全く、酷い顔だな……。(また少しだけ困った顔をしたあとは、またいつもの表情の薄い顔に戻った。)…ミラにその時の話を振られて、お前と話し合えと言われた。あいつに言われると……無視するわけにもいかなくてな。 ……話をする相手は慎重に選べ。な?」
マベ「うっせえな、自分は綺麗な面してるからってそりゃねえだろ?俺はもう10年近く自分の顔も見てねえんだぞ。(恥ずかしそうに後頭部を掻いた。)………あー。やっぱり隊長、あの子のこと気にかけてますよね。俺としてはあの子に背中を押してもらった形になるんで……ま、次からは選びますよ。(ふ、とようやく微笑が漏れた。)……それと。……病院では聞けなかったんだけど、どうして俺に隊長の座を譲ってもいいなんて思ったんですか?他にもいるでしょ、良さげなのが。」
ゲラルト「(若干目を細めた。嫌そうな顔、とも取れなくはない。)あれでも仕事の腕だけは一級だからな。ミラは……私の刀の記憶を辿って、一刀さんの最期を”見た”唯一の人間だ。全て知った上で私たちに歩み寄れと言ったわけだ。 (ん、と一度動作を止めて。)ああ。そうだったな……。その答えは自分で見つけろ。この5年間を振り返れば自ずと理解できるだろう。(また視線を外して、遠くを見た。)」
マベ「ホントっすか?俺、あの子が店先ですっ転んだとことテーブルで額ぶつけたとこしか見たことないですよ。(冗談めかしたが、すぐ真顔になり。)………そうだったんですね。隊長は、ミラを通じてあの人の最期がどうだったか知ったんですね。……。………5年間。(考えた。)……隊長に負けたのが悔しくてひたすら鍛錬して仕事してましたけど…」
ゲラルト「あいつが一級なのは仕事だけだ。…気になるなら聞いてみるといい。まあ、お前はまた泣くだろうからやめておいた方がいいだろうな。……今日だけにしておけ、こんなことは。 (僅かに頷いた。)……そういうことだ。(ゆっくり立ち上がった。風に吹かれたコートの裾が少し揺れた。)」
マベ「………もう泣きませんよ。弱いとこばっか見せてたら、一刀さんに顔向けできねえ。(自分に言い聞かせた。ゲラルトに続いて立ち上がり、コートの裾をはたく。)……らしいっすね。(答えを言わないのが。泣き腫らした目を細めて笑った。)………さあてと。5年ぶりの同時出撃に備えなきゃな。」
ゲラルト「違うな。一刀さんではなく、それを許さないのは私だ。 (ふ、と短く息を吐き。) あと5年。……死に物狂いで努力してみろ。(一度も振り返らずに、歩いていった。)」
マベ「(ハハッ、と声を出して笑った。)独占欲っすかァ?隊長。……3年でクリアしてやるよ。(ゲラルトに少し遅れて続くが、少し立ち止まって。)……また二人で出られるって聞いて、嬉しかったんだよ。狂犬が尻尾振っちまうなんて、恥ずかしくて言えねえが。(先程濁した部分を聞こえない距離で呟く。しまっていた黒眼鏡を取り出し、かけ直すと再び歩き出した。)」