02.「喧嘩編」5年前の喧嘩

(今から5年前、長く降り続いた雨がようやく止んだある日の話。)

(人の気配も全くない町外れのとある建物から、黒いロングコートに黒い手袋をつけた男が出てきた。今にも雨が降り出しそうな空を一瞬見上げたが、そのまま歩き出す。)

ゲラルト「…………後処理は専用の要員に任せればいい。私達の仕事はここまでで終わりだ。(後ろにいるであろう人に向かって、全く振り向きもせずに話しかける。血の匂いがするが、それは恐らく自身のものではないだろう。)」

マベ「……………………。(ゲラルトよりやや遅れて姿を現した。濃い黒眼鏡をかけており、同じようなコートに身を包んでいるがだいぶに着崩している。)
…………、(ゲラルトの言葉に頷く代わりに、小さく舌打ちした。自分達の出てきた建物を振り返り、黒眼鏡の奥から一瞥する。)………血生臭えな。」

ゲラルト「(聞こえないわけでは無い。ほんの僅かに後ろを気にするような素振りを見せたが、前を向いたまま。)どうせ長くは生きられない連中だ。問題無い。」

マベ「あァ?これのどこが問題無えってんだ。(背を向けたままのゲラルトを眼鏡の奥から睨みつけた。)組織の連中全員ハデにぶっ殺しやがってよ。何考えてんだお前(苛立ちを抑えた声。)」

ゲラルト「……だとしたら何だ?(初めて足を止めて振り返った。アイスブルーの目が曇天の下で、より一層冷たく見える。)人の命を何とも思わず売り飛ばすような人間を生かしておく必要があるか?」

マベ「(見えているかのように、色の悪い茶の瞳で視線をかち合わせた。)ああ、それには俺も同感だ。 だが殺して何になる?あの中の誰かが別の組織とつながってた可能性だってあった。何人か生かして取り調べりゃ、次の標的に近づけたかもしれねえ。それをお前は台無しにした。………。(さらに何か言いかけたが、止めた。)」

ゲラルト「自分のやり方が全て正しいとでも言いたそうだな。4年間、お前がこういった前線に立つ機会が与えられなかったことにも納得がいく。(何か言いかけた素振りも気にせずに、ふとまた振り返って、歩いていこうとする。)」

マベ「………!(込み上げてきた怒りをぐっと抑えつけた。大股で追いつき、横から話しかけようとする。)待てよゲラルト。お前最近やり過ぎなんだよ。そんなんで他の奴らがついて来るとでも思ってんのか?」

ゲラルト「そんな甘い考えで役目が務まるとでも思っているのか? ……常に殺す、殺されるの覚悟でいろと教えられなかったか? (一度目を伏せた後、追いついて来た方へ視線をやる。)もしついて来ないなら、従わせればいい。それまでの話だ。」

マベ「覚悟を決めるのと、相手を殺すかどうか決めるのとは別の話だ。俺はあんたの親父さんから、必要な殺し以外はするなって教わったけどな?(視線は外さない。従わせればいいという言葉にまた怒りがこみ上げ)  、…本気で言ってんのか?他の奴らが今、お前をどんな目で見てんのか考えたことあんのか!?」

ゲラルト「(ほんの少しだけ、睨むように目を細めた。)……。…私はあの人とは違う。私たちの役割は、国王から命じられた任務を滞りなく遂行することだろう。誰にどう思われるかなど、気にするだけ無意味だ。(短く溜息をついて)……お前の問題はそこにあるのだろうな。」

マベ「部下がついてこなきゃ隊の意味がねえだろ!?一刀さんが死んで動揺してる奴等だっているんだぞ。もうちょっと、………(何と言えばいいのかわからず、視線を落とした。)……。………。………は?俺の問題?」

ゲラルト「……そうか。(たった一言、それだけ。)お前の戦い方は感情的で正確性に欠ける。今もそうだ。己の心を抑制することができず、感情だけで物を言おうとする。(淡々とした声色に、あまりにも感情のない目。)」

マベ「………。(怒りの表情が、すうっと消えていった。視線を落とし、俯く。)………そうかい。それがあんたの答えか。」

ゲラルト「(視線を外した。ほとんど無表情だが、また僅かに溜息をつく。返事はしない。)私は別件で上に報告しなければならないことがある。お前も理解できたなら早く帰れ。」

(ゲラルトの言葉が終わるか終わらないか、マベが左手を後方へ薙ぎ払うように動かした。
ドウという大きな音とともに、強い風が二人を包み込むように吹き荒れ始める。)

マベ「………だったら今ここで、その感情的で正確性に欠けるっつう戦い方をしてやるよ。
さっきから人の地雷踏みたいだけ踏みやがって。え?ゲラルト”さん”よォ。(ぎり、と音がしそうなほど鋭い目つき。)」

ゲラルト「(何か一言二言ぽつりと零したようだが、風の音に掻き消されて聞こえなかった。)自覚が無いのは最も愚かだな。どうやらお前と私では、見えている世界が全く違うらしい。 ……私とやり合ってどうするつもりだ。(視線は外したまま、そちらを見ようともしない。)」

マベ「だったらそのテメエが見てる世界ってのを説明しろよ。組織ひとつぶっ潰したからって調子に乗ってんじゃねえぞ(足元をすくわれそうな暴風の中、平然と立って) ああ?その綺麗な面に一発ぶちこんでやりてえだけだよ。
(マベの周囲に風で吸い上げられた石や木の枝が無数に浮き上がる。)
ムカつくんだよ、テメエのその態度がよ!!(マベの言葉を皮切りに浮き上がった物体がゲラルト目掛けて放たれた。鋭い枝先や石の破片が次々と襲い掛かってくる。)」

ゲラルト「(その一連の動作を全く見ていなかったが、風によって浮きあげられた物体が放たれるかどうかというタイミングで既に刀が抜かれていて、抜きざまに風ごと斬ったその空間を抜け、少し離れたところに着地。”見えていた”としても捉えることが難しい程、あまりにも早い動作。) お前の方が舐めた態度だろう。…立場を弁えろ。(刀を構え直し、ぎゅっと皮の手袋が擦れる音がしたが、そこから動きはしない。)」

マベ「!?(攻撃を全て止められ対象が移動したことは風の流れで感じ取れたが、位置を捉える前にゲラルトの声がしそちらへ振り返る。苛立ちを隠そうともせず舌打ちし、)…隊長風吹かすんじゃねえよ!!俺はまだ認めてねえ!!(また手を薙ぐように。ゲラルトの周囲に小型の竜巻を無数に発生させて移動を封じつつ、自身は風の中に飛び込みゲラルトへ急接近し、大振りのナイフで斬りつけては離れる戦法を取ろうとする。)」

ゲラルト「話を聞いていなかったのか?(瞬きひとつせずにその動きを正確に把握し、確実に刀で受け流していく。)認めない者と吠える狗は、(一度だけ刃先が何かを掠めた感覚。ぱっとその軌道に鮮血が飛び、風に巻き上げられて周囲に四散する。)……力で従わせると。(その先、刀を握った左手の手首の辺りから出血しているゲラルトの姿が見える。それと同時に甘い匂いがして、並の魔術師なら正気を保てないほどの強烈な魔力が周囲に立ち込める。)」

マベ「うるせえッ!部隊で狂犬扱いされんのは悪くねえが、テメエだけは例外だ!!(何度か応戦し、手応えを感じると反撃を避けるために後方へ跳んで地面に着地する。)前から辛気臭え面してたのはまだ許せたけどよォ、中身までお人形みてえになりやがって…!
(ゲラルトの左手辺りから零れ落ちる血を認識したが、激昂のまま言葉を続ける。)俺が感情的だァ?てめえがそんなだからこっちゃキレてんだろうが!!一人で何でもできるからって、他の奴を見ようともしねえのが一番気に、(ふっと、何か違和感をおぼえ)………く、わね…、(呼吸と同時に何かが身体を侵食していく感覚。そして強烈な、マベにとっては人一倍以上の魔力の甘い匂い。)………え……!!?(本人が自覚する前に、身体が地面に崩れ落ちた。)」

ゲラルト「(ぽた、とまた血が滴り落ちる。切れた隊服の袖と手袋の間に、人工的に刻まれたらしい模様が見えている。ゆっくりと歩いて近づいて)お前は、少々痛い目に遭わないと理解ができないらしいな。(身体が崩れ膝を着くかつかないかのところで、肩関節のあたりに真っ直ぐ、深々と刺すように刀を突き立てる。)感情など、判断を鈍らせるだけの塵にすぎない。私たちに必要なのは成果のみだ。……間違っているか?(血が滴る音に混じって、ぽつりと雨の音がし始めた。)」

マベ「(かろうじて動く見えない目でゲラルトを捉え。)…おま、何をしやが、(ずぶりと刀が肉を貫いた。)っ、ぐ、ゥ……!!!(力の入らない身体に痛みが走る。特殊な訓練で視覚を別の感覚で補っているマベが感じる痛みは、常人には想像を絶する。それでも歯を食いしばって耐え、不安定な体勢のままゲラルトに向き直り。)………ッ、クソが……俺の言ってるのは、そういうことじゃねえ……!!」

ゲラルト「何だ?その情けない声は。痛みも出血も少ない場所を選んでやったというのにな……。(そのまま顔を少し近づけて表情を見て。)お前の考えなど聞いてはいない。私が尋ねたのは、間違っているか、間違っていないかの二択だ。もう一度答えろ。」

マベ「っ、テメェ……ふざけんなよ…!!(並の魔術師なら発狂するような、むせ返るような匂いと皮膚を這いずり回るような違和感。それでも、威力は落ちてはいるが周囲の風はまだ止めない。)………ハッ、(脂汗を垂らしながらも見せつけるかのように口の端を歪めて笑った。)…誰に向かって口聞いてんだ?もっと人間らしいこと言ってみろよ、ゲラルト。」

ゲラルト「(徐々に雨音の間隔が短くなってきた。)そうか。わかるまで教えてやる必要があるらしいな。(つられて口の端が上がった。急に右手で髪の毛を引っ掴んだかと思うと、肩口に刺さっていた刀を一気に引き抜く。)……耐えられるか?まだ笑う余裕もあるようだしな。(左手首を鼻先に持っていく。避けなければそのまま押し当てようと。)」

マベ「………ッ!!!(髪を掴まれ刀を引き抜かれ、怒りと苦痛の滲んだ顔を晒す。雨粒が顔や身体を濡らしていくが気にしている余裕などない。強烈な匂いに、ゲラルトが次に何をしようとしているのかを理解し)……な、っ、待て…!それだけは、や、めろ…!!っ、クソがっ!!(力を振り絞り、動かない右手を風を使って無理矢理動かす。密かに握っていたナイフでゲラルトの顔を切りつけようとする。完全に判断力が落ちている。)」

ゲラルト「(顔をふいと動かしたが、その刃先は首元を捉えた。僅かに目を細めた程度で何の反応もしない。)墓穴を掘るのだけは上手いようだな。(じわ、と白いシャツの襟元に血が広がる。体を蝕むようなゲラルトの魔力がまた濃度を高めていく。) その「やめろ」と言うのはどういう意味だ?「やれ」ということだな? 何せ私は、他人の感情がわからないらしいからな……(髪を掴んで居た手を乱暴に押して、後ろに倒れ込ませようとする。)」

マベ「!!(しまった、と思ったときにはもう遅い。呼吸を止めようがこんな至近距離では無意味に等しい。高濃度のゲラルトの魔力が全感覚を通じてマベの身体に急速に沁み込んでいく。)……っぐあ!!う、ああああああ!!!!(掴まれたまま激しく仰け反り、四肢がガクガクと痙攣する。やがて全身の力が抜けると風が完全に鎮まり、手からナイフが落とされた。)………、…っづぅ……(黒眼鏡がずれ、異様に血走った目が力無くゲラルトを睨みつけている。)て…め…、何なんだよこの力……!こういうときだけ、生き生き…しやがって……(身体はまだ動かない。なすすべもなく倒れ込んだ。)」

ゲラルト「(倒れ込んだのを見て、刀を鞘に収めて1歩前へ進んだ。右手で左の手袋を外してコートのベルトに引っ掛け、先程までナイフを持っていた手をぐしゃりと踏みつけて静かに屈み込む。)何と言われても、何とも説明しがたい…… 身をもって知るのがいちばんだろうな。(苦しそうに息をするその顎を無理やり掴み、) お前はさっき、私が隊長であることを認めないと言ったな? ……私はそれでも一向に構わん。肩書きが欲しくてこの仕事を続けてきたわけではないからな。(血が滴り落ちる左手の親指を強引に口の中に突っ込もうとする。)」

マベ「……はッ、…ハ、…はァ……!(先程より呼吸がかなり荒い。息を吸っても吸っても苦しさが増すだけだ。苦しさに胸を掻きむしろうとしたその手をゲラルトが踏みつけた。)…くあっ…!!(苦悶の表情を浮かべ、顎を掴まれそちらを向かされる。長く降り続いた雨でぬかるんだ泥と、本降りになってきた雨でドロドロになりながら、荒い息の下で口元だけで嘲り。)……ああ……絶対に、認めねえ……、……俺にとってウライオスの隊長は、一刀さんだけだ。てめえなんざ、認めねえからな!!ゲラルト・シェズ、(言い切る前に口の中に指をねじ込まれた。)む、んう゛ぅぅ……!!??(何が起こったかわからず目を見開いた。反射的に噛みつこうとしてなんとか踏みとどまり、力の入らない手足をバタつかせる。血管が切れたのか目のあたりから血が混じった雨水が、汚れた頬を幾重にも伝っていく。)」

ゲラルト「(また目を細めた。睨みつけるわけではなく、蔑むような目。)まだそれを言うのか…………。あの人は、死んだ。覆りようのない事実だ。 納得がいかないならお前が隊を去れ。 尤も、(手首から流れる血液が親指をつたって口の中に流れ込んでいくのを淡々と見ていたが、急にふっと笑うような、満足気なような、何とも言えない表情を少しして見せ) この醜態を見せたまま隊を去れるほど、お前のプライドは低くは無いと思うが。 ほら、どうした?喘いでばかりでは何も伝わらん。 ……。(じ、と様子を見た。)」

マベ「…………!!(マベにはその蔑むような眼差しは見えていない。焦点の合っていない両目で只管ゲラルトを見続け)……ッ、(口の中に甘さを感じる。吐き出す力も残っておらず飲み下ろすしかなかった。悔しげに、ぎり、とゲラルトの指に弱々しく歯を立てる。)ああ……、気が狂いそうだ……、テメエにイライラしすぎてよォッ……!!俺が、ッ……絶対にテメエを、ぶっ倒してやるからなっ…、覚悟しとけよ悪趣味野郎……っうあ!!(再び激しく身体を仰け反らせた。気絶する一歩手前。)」

ゲラルト「(自らの血液を飲み込んだのを確認して、よくやったとでも言いたげに頷いてから、ようやく指を抜いて。)…お前のような無神経で、浅はかな人間には心底腹が立つ。 俺が、どんな思いであの人を……、(言いかけて、自分が持っている刀が視界に入って言葉を飲み込んだ。) ……。(大きく息を吸って、吐いて、黙り込んだ。)」

マベ「ン、お゛、…ッ!はァ……!!(指が抜かれるとだらしなく口を開けたまま新鮮な空気を求めて息を継ぐ。)……っの、野郎ォ……!!マジで許さねぇ、ぶちのめしてやるからな……!! ………っ、…………。(ゲラルトの言葉にはっとしたような表情を一瞬だけ見せたが、遠のく意識がそれ以上を許してくれなかった。肢体から完全に力が抜け、気絶した。汚れた身体に雨が降り注ぎ、血や泥を落としていく。)」

ゲラルト「お前には一生無理だろうな。(動かなくなったのを見て、ようやく少し苦々しい表情をした。マベの口元に付いた血を手で拭って、ふとまた空を見上げた。雨に流され、徐々に周りの異常な魔力が薄まっていく。)…駄目だな、私は。やはり、あの人のようにはなれそうにない。(マベの上体を抱き上げて起こしたところで、周囲に一瞬風が吹いて、2人の姿はそこから消えていた。)」