29.作戦会議②

(その数時間後。夜が更け、暗い海の上に浮かぶ船も昼間のような賑わいはなくなった。ナイトプールや星見の展望台で賑わう周辺からは少し離れた場所。)

マベ「(先程の装いに短めのマントを羽織っている。強くなった潮風が髪や服をはためかせ、不機嫌そうに目を細めた。マントの下で腕組みをして建物の壁にもたれかかっている姿は、苛立ちを隠しているようにも見える。)」

ゲラルト「(暗がりから足音が聞こえてくる。やがて船上の灯りに照らされ数時間前と同じ服装で現れると、ふと何かを思い出したように上着のポケットから眼鏡を取り出してかけた。)……。どうだ。情報は引き出せたか。(すぐ傍までくると、やけに甘ったるい匂いが潮風に混じって香る。)」

マベ「(甘ったるい匂いに明らかに顔を顰めた。それを振り払うように、整えられた髪をくしゃくしゃと手で掻き回す。)…………まアな。…演目と舞台の大きさから計算して、確証を得るために手頃な奴から聞き出した。……大方予想通りだったがな。(またポケットから折り畳まれた紙を取り出すと、人差し指と中指の間に挟んで差し出した。ふと、眼鏡姿に片目を細めて。)………インテリ貴族様はどうだ?女ァヒィヒィ言わせて、それはそれはお楽しみだったろ?」

ゲラルト「(差し出された紙を受け取って開けると、じっとそこに書かれた内容を見た。)……対象が舞台へ上がるのは演目の最後だけか。混乱に乗じて一般客を巻き込む可能性や逃亡を図る可能性を考えると、対象が客前へ出る前に確実に片付けたい。開始後、楽屋待機の間を狙うべきだな。関係者の数は思っていたより随分少ない。(そこまで言って初めてマベの顔を見た。花の香りと練乳が混ざったような甘い匂いがまた漂ってくる。)……。……。(黙りこくったその顔は全くの無表情。)」

マベ「おあつらえ向きってやつだ。失敗は許されねえが、仕留める時間は十分ある。…が、舞台裏は人間の出入りが常に多い。向こうもこっちを警戒してこの演目にしているとしたら尚更だ。……………。(目が合った。何かを察して口を開きかけ、夜の強い潮風を押し退けて体内を侵してきそうなその香りに一呼吸ぶんほど沈黙して。)………。………、………もっと他にいなかったのかよ?(ようやく絞り出した言葉がこれ。)」

ゲラルト「始まってしまえば音を隠す必要もほとんどない。薄暗い舞台裏なら姿を隠すのも容易だろう。ルートは、……お前の読み通りでいく。(目を逸らした。自覚しているのかシャツの襟を軽く引っ張って整え直した。)……。……歌姫のパトロンはほとんど男だ。その中で内情をよく知る者となると選択肢が無かった。(またじっと黙って目を閉じた。深い溜息をつくと、何かを否定するかのように軽く首を振った。)」

マベ「なんなら、問い詰められても“代役だ”って言やァ切り抜けられるかもな?………。(冗談めかして笑ってみせたが、すぐに表情を消した。普段となんとなく間の取り方が違う。ハァ、と大きく溜め息を吐いて頭に手をやった。)………。………お前のその面で選択肢がねえってのはよっぽどだな……、どんなアバズレだったんだよ…。……ッハハ、…ま、こういうこともあるよなァ。色男さんよォ?(くっくっと乾いた笑いを漏らした。)」

ゲラルト「(いつもより間の多い喋り方が何となく引っかかり緩やかに目を開けた。)なるべく姿を隠し、痕跡を残さずに終わらせる。対象は生かす必要はない。(乾いた笑いに少し目を細め不快感を表に出したが、気のせいかもしれない。)……”歌声を聞くと不思議な高揚感が得られる”。観客もその理由までは分からないが、自覚はあるらしい。魔術干渉に弱いものが影響を受けるのだろうが、毎回というわけではないらしい。……。……。……任務中だ。情報が取れればそれでいいだろう。」

マベ「ド派手な演出は無しってことか。…ま、そのほうが気楽だな。俺も賭け事や酒の席でのバカ話は嫌いじゃねェが、金の使い道しか困り事のねえ脳無し貴族どもや、ガキの相手をしてるよりかは性に合ってらァ……、………。(小首を傾げて、どこか忌々しそうに息を吐いた。)………へーえ。それはそれは。だがいまいち目的が見えねえな。有象無象どもを集めて何がしてえんだ?」

ゲラルト「いつもと勝手が違うが、今回の客は金の使い道に困っているだけの一般人だ。(様子を伺うように僅かに見た。その視線は瞳の色も相まって冷たい。)資金集め、素材集めか、……人を集めるためか。死を恐れない人間が大勢集まれば、国を脅かす組織になりかねない。……(大きく溜息をつき、)”マヘス方式”で後から喋らせればいいだろう。」

マベ「お前は別の意味で使い道に困ってるよな。“使う暇がねえ”…って意味でだがな。(その冷たい視線にかち合わせた海の底のような目が、船の明かりを受けてほんの僅かにギラついた。)………俺はお前の思ってるようなことはしてねーよ。小指の先っぽ程度の甘い夢しか見たことねえ女に手ェ出せるか?(ぎり、と口の端を歪ませた。)………。……死を恐れない人間。……そうだな。俺達のように、命を天秤に乗せるのを忘れッちまった連中が束になって襲いかかってみろ。こんな鉄臭え欲の坩堝に集まったバカどもばかりの国家なんざ一発で沈没しちまうだろうよ。………、(ひとしきり喋ると少し顔を背けるように小さく息を吐いた。)……“マヘス方式”と“シェズム方式”の同時成立は有り得るのか?色男。」

ゲラルト「相手の属性と言うよりは、必要性の問題だ。(それだけやけに素っ気なく言って視線を別の方へ向けた。)私の”命知らず”は自分の意思によるものだが、自分の意思と誤認識したまま他者の意思で動かされている人間は厄介だ。正義がどうとか平気で口にする。正義など”どちらにも無い”というのにな。(ほんの一瞬黙った。)私は主力の武器を携帯していない。今回は後のことも考え、仕留めるのは”対象”1名のみだ。」

マベ「………あァー。はん、そういうことか。…ま、たまにはこういう思いもしろってこったろ。イイ思いばっかしてると後が怖いからな。(冗談めかして肩を竦めてみせた。続くゲラルトの言葉に真顔になり、両手を下ろすと向き直った。)……正義ほど口にする人間に左右される言葉はねえだろうな。大半はお前の言わんとしてる意味で使われる。正しく謳われるのは、それこそ舞台の上か、御伽噺の中だけだ。(燻る苛立ちを目の奥に抑え込み、眉間の皺をさらに深くした。)………了解した。」

ゲラルト「普遍的な正義など、どこにもないだろう。私たちのやっていることも含めて……。……、(何か言うと唇が僅かに動いたところで、また沸き立つように甘い香りがして)……詳細を、もう少し詰める必要があるが……一晩考えたい。舞台は明日の晩だ。まだ時間はある。」

マベ「“だがそれでも執行せねばならぬ。我々の正義というものを。それこそが我らの、…………”………。なんてな。(何かの台詞なのだろうか。視線を逸らし、ふっと嗤った。)お前にしちゃァ饒舌じゃねえか?………。………焦ることはねえだろ。陸の上でも言ったが、ネズミ一匹逃げ出せねえ場所だ。…………。(夜風にマントとジャボが激しくはためいても意に介さず、その表情を普段よりも鋭くさせた。何か言いたそうだが黙っている。)」

ゲラルト「……いつかに”必要なことも喋らない”と私に言ったのはお前だろう。(短くため息をついても体内に溜まり込んだ不快感は吐き出せるわけでもなく。)向こうは私たちの存在に気付き始めているようだが、まだ乗船していることには勘づかれていない。(急に距離を詰めて、風にはためいたジャボを引っ掴んで自分の方を向かせる。)……時間は無限にあるわけではない。明日の晩、必ず仕留めきる。明日までにはお前も精度を欠くような要素を排除しておけということだ。」

マベ「それはそれは。こっちの変装が巧すぎたかねえ?お前のその口達者で女ァ引っ掛けたンならなおさ、………ッ!!!(ジャボを引っ掴まれ上体ごとゲラルトのほうへ向けられる。詰まった襟元をさらに引っ張られたことで露骨に不愉快そうな顔をした。眼鏡をかけていない淀んだ二つの目が怒りを帯びている。)………………はん、じゃあ聞くけどよ…、お前ェ、俺に伝えてないことはもう無えんだな?本部じゃやけに慎重な物言いをしてたがよう?」

ゲラルト「……いちいち突っかかってくるな。お前がこの船の中で唯一信頼できるはずの私を疑うなら、(そのまま壁に押し付けるようにして、自分より背の高いマベのメガネをかけていない瞳をじっと睨んだ。)……隠し事がないと理解できるよう一晩同じ部屋に居てやってもいいが、それで困るのはお前だろ? …………。……。(けだるそうにまた軽く目を閉じてため息をついた。)」

マベ「それはお前が俺を見くび………ッ!!?(背中に衝撃が走りくぐもった音が響いた。思わず周囲に目を凝らし、すぐにそれを鋭くゲラルトへ向ける。)………どっちが突っかかってくンだよこのインテリ眼鏡野郎。クソみてえな女に当たったからって俺で発散しようとすんじゃねえ…!!(ぎりっと歯噛みし睨みつけたが、溜め息をつくその姿にふと勢いが弱まり、こちらはこちらで溜め息混じりに肩を落とした。)………ああくそ、やめだ、やめ。大の男二人がアホくせえ。わかったよ、俺の考え過ぎだ。お前と同室なんざ本部の尋問室以外真っ平御免だぜ、その甘ったるい匂いで俺がどうにかなっちまったらお前だって困ンだろ?(眉間に皺を寄せたまま、言葉通り困ったような顔をした。)」

ゲラルト「(困った顔をしたのを見て色々思いとどまったのが、珍しくそのままこつんと後ろの壁に額をつけ、結果的にマベの肩のあたりに寄りかかるような形になった。)あー…………、くそ……、魔力が溜まりすぎて気分が悪い……。抜くか……。(ゆっくり顔を上げると、いつも通りの無表情で。)……そうだな。身を守るためには合理的だが、魔力濃度がここまで過剰に上がってくるとな。お前がまた狂うと困る。(ぱっと手を離した。何となくバツが悪そうな感じもあるが、すぐに来た方へ体の向きを変えて一歩前へ踏み出した。)……私はお前を信用している。でなければ一人で乗船していたはずだ。」

マベ「…………、(寄りかかるゲラルトを少し驚いたように見つめた。所在なさげに船の明かりで暗さの際立つ夜空に目をやると、いつかの流星群の夜が自然と脳裏に浮かんだ。壁にくっつけられていた両手の指がぴくりと動いたが、それ以上何もすることはなく。)
……。……バカ。一週間も海の上にいるんだ、こうなることくらい予想はついただろ?(罵倒ではなくできるだけ穏やかな声色で。顔を上げたその無表情さに、どこか安堵感を覚えたのを妙だと思って自分自身に首を傾げた。)……ここじゃア例の術式は使えねえからな。医務室送りだけは勘弁してくれよ?(背を向けるその姿を追うように壁から離れて立ち止まった。)………そうか。……。……。………明日はとっとと片付けちまおうぜ。ここまで来たんだ、祝杯の一杯くらい構わねえだろ?」

ゲラルト「予想も何も、一週間も魔術を使わず生活したことは……休暇のときですら消費のための術使用は禁じられなかったのだからな。(一歩踏み出たところで止まったまま、あの暴風雨を起こした夜のことをふと思い出して項垂れ、片手を壁に添えた。)……あの時以来だ。 ……無事任務が終わったら、……そうだな、付き合ってやってもいい。(鉛のように重く感じる自身の身体に鞭打つようにふらりと歩き始めた。)」

マベ「ハァ!?今まで魔術不使用でどこまで耐えられるかわかってなかったのかよ!………、(手で片目を覆って息を吐いた。)…お前それは先に確かめ…、……あー。ま、今言ってもどうしようもねえわな……(あの時以来と言われ、呆れた様子だがどこか案じているようにその背を目を凝らして追う。)…………おい。自分の客室までもつのか?途中で倒れたりすんじゃねえだろうな!?(思わず声が大きくなった。相変わらず強い夜風に掻き消され、離れた場所にいる乗客達には届きはしないだろうが。)」

ゲラルト「二度と試すなと一刀さんに言われたからな。(少し顔を横に向けたが、表情までは見えない。)一週間以上ろくに寝なくても耐えられる。これくらいのことでお前に気を遣わせるようでは、…………いや、今は隊長ではなく一般客か……?(壁についた手に頭を寄りかからせた。)大丈夫だ、活動量が多くなればその分消費も多くなる。激しい運動をするか、あるいは…………(ゆっくりと歩き出し、影に入ったところでその姿は見えなくなった。)」

マベ「(ゆっくりと見えなくなっていくその姿を、潮風に混じった微かな風が見送る。しばらくそのまま立ち尽くしていたが、ふと襟元に手を伸ばし、曲がったままのジャボを直した。)……………融通の利かねえ奴だ…。…………、(深呼吸するように溜め息を吐いた。)……魔術もロクに使えねえ中で、不調来してる奴に上も下もないだろ……、………!(マントを剥ぎ取るように脱ぎ、気持ちを切り替えるかのように襟元をぎゅっと引っ張った。)……激しい運動、ねェ。………。………御愁傷様ってトコだな。(何か察したらしく、数時間前と同じようにまた肩を竦めた。)」