(見渡す限り広がる海は、傾きかけた陽の光で金色に染まり始めている。その上に浮かぶ巨大な客船の船首付近。見晴らしが良い場所の割に周囲には全く人がいない。)
ゲラルト「(手すりに寄りかかって夕日に染まる海を眺めている。時折吹く強い風にその金色の髪と上着の裾が靡く。おそらく一般客がいるべきではないだろうその場所で、誰かを待っているようだ。)」
マベ「誰を待ってるんだ?色男。(一瞬風の流れが変わった、その僅かな時の間に声が響いた。黒眼鏡はかけず普段無造作な髪は整えられ、田舎貴族の装いをしている。珍しく襟元をきっちり詰めているため、普段のマベを知っている人物なら気付かないか驚くほどの変わりようで。)……男ォ待つには、いささかムードが良すぎやしねえか。(ゲラルトの隣まで来ると、手すりに背を向けてもたれかかった。)」
ゲラルト「誰を待ってるか知らなければ、”こんな場所”にお前は来ないだろう。(その姿をチラリとも見ず視線を真っ直ぐ向けたままだが、普段していない眼鏡をかけている。ジャケットは夕日の色が混じり何色なのかハッキリしないが、少し長めの裾が翻るとその裏から深い青色が覗く。)何だ。早朝の方が良かったか?」
マベ「フン、よくおわかりで。(口元に笑みを浮かべた。普段より表情は柔らかいが、眉間の皺だけは深く刻まれたまま。目線だけちらりとそちらに向けると、夕刻の鋭い光に眩しそうに目を細めた。)……朝に会う時ゃァ、女の使った石鹸の匂いは消しとけよ。(言いながら首を傾げるようにして舳先の向こうに目をやった。じっと目を凝らすように水平線を睨む。)…………海か。」
ゲラルト「海をこうやって眺めるのも久しぶりだ。(過去のことを振り返るように少し視線が下がったようだが、眼鏡に反射した光でほとんど見えなかった。)明日の夜、ちょうど今立っているこの下にあるシアターで行われると聞いた。船内の正式な案内のどこにも書いていなかったが。」
マベ「……お前、海見たことあんのか。(向き直り、意外そうに顔を向けた。遮るもののない夕暮れの光がウエストコートの装飾品を煌めかせるが、暗い色の瞳には一粒の光すら反射しない。一度視線を下げ、またゲラルトのほうへと戻して。)…へーえ。どっからそんな情報仕入れてきたのやら。………それだけか?」
ゲラルト「(最初の問いかけには答えず、ようやくちらりと視線をマベに向けた。)喋らなければお前だと気付かないかもしれないな。 …事前に掴んでいた通り、歌姫を抱えている組織の上層部も乗船しているようだ。穏便にすませられるよう事前の接触を試みたが、叶わなかった。」
マベ「はん、お前は黙ってなけりゃァ気付かねえかもしれねェなあ?(不機嫌さと愉快さ半々といった調子で船首へと目を向けた。眩しさに瞼を閉じ、じっと耳を傾けている。)………。………お前の言う“穏便”はちっとも穏便じゃねえだろ、辞書引け辞書。………。……てェことはよう。客ン中にはその秘密の舞台を楽しみにしている奴等がいるわけだな?それもこの板1枚真下の船内劇場を満員御礼にするほどの数がよ。」
ゲラルト「舞台上で対象をしとめることは出来れば避けたい。客は何らかの能力の影響を受けている可能性は高いが、罪は無いからな。事前にヤれるなら穏便だろう。(目を閉じたマベの様子をしばらく見ていたが、水平線に沈む陽の方へ向き直し、透き通るような青い目を細める。)……情報源が歌姫に詳しくてな。能力についてももう少しで口を割りそうだったんだが、…。…。…。」
マベ「…目に見えている部分より、見えない場所の方が多い。舞台裏、袖、楽屋、専用通路…そういった場所で仕留めりゃあ、お前の言うように“穏便”に事が進むだろうよ。(刻々と進む日没に目を開けると、ポケットから棒のついた飴をひとつ取り出して袋を開けた。口に咥えたところで、妙な沈黙にふとゲラルトのほうを見た。)………。………………。……………………。(目を凝らすようにして、黙って見つめている。)」
ゲラルト「……情報源の魔術耐性が想定より低かった。……。………。……明日までに改めて能力について聞き出す。(不自然な沈黙の後、何事も無かったように話し出した。)私は演目に詳しくない。お前は当日の開始後、関係者がどれくらいの時間でどこを経由し、どこに配置されるか割り出せるか。 警備体制についてはわかったか?」
マベ「……“そういうところ”は相変わらずだな、えぇ?隊長よう。(口の端を吊り上げて笑うと、棒を咥えたまま胸の内側のポケットから何かを取り出した。)…人数と演目次第だが、タイトルさえわかりゃおおよそは計算可能だ。(小さく折り畳まれた2.3枚の紙を人差し指と中指に挟んで差し出す。)……警備体制と巡回ルート。それに乗組員から聞き出した、クルー専用区域や通風孔の配置、非常用通路。……全てに俺の風を這わせてある。(鋭く首を傾げ片目を細め、歯噛みする代わりに飴を音を立てて噛み砕いた。)……この船全体が、俺の縄張りだ。」
ゲラルト「情報戦に於いては飴も鞭も使い方次第だからな。(差し出された紙を手袋をしたままの指で挟むと、マベの手からするりと引き抜いた。)…そうか。船の駆動音も海の匂いも我々にとっては不利だが、お前のそれだけは確実だな。ただ、魔術使用が感知されない程度にな。……。……。(しばらく黙っていたが、思い出したように顔を上げた。)……情報源の部屋のバルコニーから歌声が聞こえた。波と風の音でほとんど掻き消されたが、…あれは、能力を抜きにしてもなかなかのものだ。」
マベ「お前のは鞭と猿轡だろ!?加減っつーモンをいい加減覚えやがれ!そうだお前ェ、あン時もスイカ粉ッごなに叩き割って一刀さんに怒られ、………、…………!(無意識に自分の口から出た言葉にはっとした。急に静かになって、ゲラルトの顔を見つめる。)……。………乗船したときゃ、潮と塗料と錆のついた鉄の棒を鼻に突っ込まれたかと思ったがな……。………………。(少し居心地悪そうに、背後の巨大な船体を見上げた。)………そうか。……一度耳にしておきたいな。」
ゲラルト「……次の約束を取りつけているのだから、うまく支配できているだろう?(その約束に何の意味も感情も抱いていないみたいに、全くの無表情のまま。沈みかけた陽がだんだんと周囲を赤く染めていくのを見て、ようやく振り返った。) ……。……そろそろだな。残りの情報を集め明日の作戦を練る。再集合は日付が変わる頃だ。引き続き任務を遂行しろ。(そのままゆっくりと歩き出し、どこか次の目的地へ行くようだ。)」
マベ「………。………ああ、……そうだな。……イヤ、あのな、そっちじゃなく……、…………。(噛み合わない会話を擦り合わせようとしかけたが、飲み込んだ。歩き出すその背中に声をかける。)……言っておくが、この環境下で魔力量をギリギリまで落とした感知魔術だと、普段の精度は出ねえ。俺の体にも少なからず影響はある。…努力はするが、信頼はしない方がいい。………火遊びも程々にしとけ。やり過ぎて寝小便垂れても知らねえからな。」
ゲラルト「(一度足を止めた。)時間も魔術師用も限られる中で、使えるものは最大活用しなければならない。そうでなければ、この閉鎖空間を選んだ奴等の思うつぼ……我々ウライオスの敗北ということだ。…………。……私は女の機嫌取りは門外漢だが、そうも言っていられない。(またゆっくりと歩き出して)それに、……この程度のことは火遊びにもならんだろ。(背中を向けたまま、いつもはしないような二本指を顔につけて放す敬礼をして歩いて行った。)」
マベ「(その姿が見えなくなるまでじっと見つめていた。)………アイツ浮かれてんのか?………。(思わず自分の人差し指と中指を合わせて同じような仕草をしてみたが、顔を顰めてしまった。)……気取りやがってあンの色男。王様かッてンだ!(すっかり飴の溶けた棒をがりっと齧ると欄干にもたれかかり、誰にともなく大げさに肩を竦めてみせた。)」