(今から少し前。”小鳥”と呼ばれた少女がこの世から消えたあの夜から、暫く経った頃の話。)
(イシスアセト、とある病院の一個室。上体を少し起こしたベッドに金髪の男が横たわっているが、窓の方を向いていて起きているのか寝ているのかはわからない。)
(外の風が強いのか、カタカタと窓枠が鳴った。隙間風が入り込んできたのか、部屋の空気が動いたような気がしたかもしれない。
ーーー突然、カーテンが持ち上がるほどの突風が部屋の中に吹き荒れた。旋風が起こり、窓やドアが激しく揺れる。)
マベ「……………………。」
(薄汚れたような茶髪、支給されたコートを着崩した黒眼鏡の男が風の中心から姿を表した。目つきが悪く、色の悪い茶色の瞳でベッドの上に横たわる男を一瞥した。)
ゲラルト「…………。(風に髪が揺られ、目を閉じているのが見える。全く動かないが、背中が僅かに動いているので呼吸はしているのがわかる。首元も腕も、見える限りほとんど包帯が巻かれている。)」
マベ「(風が止まった。ように感じたかもしれないが、敏感な動物にも悟られない程度の微風はまだ残っている。音もなく床に降り立つと、ベッドの側まで近付いた。)…………寝てんのか。」
ゲラルト「………。(声をかけられてもまだ返事がない。代わりに穏やかな寝息が聞こえ、ほんの少しだけ甘い匂いがする。)」
マベ「…………、(寝息を立てている様子に小さく溜息を吐いた。鼻先をくすぐる甘い匂いには、少し顔を顰めたが……)
…………………。(ベッド横のテーブルに置かれた見舞いの品であろう林檎をひとつ、手に取った。携帯していたナイフを取り出すと、それを剥き始めた。誰かが見れば「意外と器用だ」といいそうな慣れた手付きで何等分かに切り分け、皮に兎の耳に見立てた切り込みを入れていく。)
(完成すると一つだけ手に持って、残りは適当な皿に載せテーブルに置くとベッドに片膝を載せて眠るゲラルトに近づき、)
ーーーーーー!
(手にした一切れの林檎を、その口に突っ込もうと。)」
ゲラルト「……んっ……(思わずその手を掴んで、やっと目を開けた。ここに来るはずのない人の姿がそこにある。)………?(シャクシャクシャク……と音を立てながら突っ込まれた林檎を黙って食べてる。その間もどことなくぼんやりしている。少し首を傾げた。)………お前、は……何をしに来た? 何か急ぎの件か?それなら代理を立ててあるはずだが……、」
マベ「(手を掴まれても顔色一つ変えない。が、乱暴に突っ込んだ林檎を食べ始めた姿に呆気に取られた感はある。)…………、…………ハァ。(気の抜けた溜め息を吐いた。)………見舞いだ。よう、随分やられたじゃねえか。」
ゲラルト「(ぱっと手を離した。)見舞い、……見舞い?お前がか?……。(少し何かを考えたような、微妙な間。)……そうだな。今ここで生きているのが不思議なくらいだ。」
マベ「(離された手を何かを払うように振る)あーそうだよ。悪りィか?記録が残んのがイヤだったから勝手に入ってきてやった。(気まずそうに顔を背けた。)…………主戦力のお前が生死の境彷徨うくらいの相手か。…気に食わねえな。(誰にともなく低く舌打ちして)……頭のほうは大丈夫なのか?ボーっとしてんじゃねえか。」
ゲラルト「いや、意外だと思っただけだ。(ふ、と短く息を吐いて)あの日の夜、イシスアセトのライフラインが狂ったらしいと聞いた。……それ程の相手だ。(何か言いかけたがやめて) ? いや。特段ぼーっとしているつもりは無い。」
マベ「…………そうだな。俺があんたを気遣うなんて、マァ無えことだろうな。…てゆーか普通にリンゴ食ってんじゃねえよ…何か言えよ…(最後のほうは小声でぶつくさと。手をコートで拭いてる。) あ?そうだっけね、酔ってて覚えてねーわ(本当かどうかわからないような適当な返事だが、姿を現してからはずっと真面目な顔をしている。)…………。………部隊の全員でもなんでも使えばよかったのに、気に食わねえ…。………は?いや結構普段より緩いっつーか、………もういいわ、絶対頭やられてんだ。うん。そうだ。(ほぼ独り言のように。)」
ゲラルト「部下に気遣われているようでは、上司は務まらんからな。 あれは、あの人から…………、いや、国王から預かった任務だ。他の誰にも渡せはしない。私がやらなければならなかったことだ。 (パッとマベのほうを見た。じっとその様子を見ている。)そうか?私は普段通りにしているつもりだ。というか、ついさっきまで寝ていた相手に言うことか……?」
マベ「(ベッドから降り、すぐそばの椅子を引き寄せてドカッと座る。)……気遣われていいと思うぜ?上司も部下も、皆同じ人間だろ。(どこか遠くを見つめるように目を細めてそう言った。)それが気に食わねえっつってんだ。前々から思っていたが、隊長クラスの負担が大きすぎる。せめてツーマンセル制にしねえと、………。(何かを言おうとして言葉を止めた。どう言うか、悩んでいる。)………俺がずけずけ物を言うヤツなのは、あんたが一番よく知ってるだろ?あン時もそうだったろ。」
ゲラルト「(ようやく身体ごと向き直すが、傷が痛むのか少し動きにくそうにして。)私達が人間扱いをされているかどうかは、微妙なところだな。 …。(何か引っかかったような、微妙な表情の変化。)ウライオスの隊長をやるというのはそういうことだ。死にに行くつもりでいたが、私が生かされた。それはつまり、…まだ、隊長として戦えということなのだろう。 (少し無気力そうな感じで、考えている。)……あの時…?」
マベ「動くなよ。傷に触るぜ。(動きにくそうにしているゲラルトにまた目を細めた。)じゃあせめて、同僚の気遣いは素直に受けとけ。皆”ずっと”、お前の身を案じてたんだからよ。……どうした、妙な顔して。なんか変なこと言ったか?(ふっと息を漏らすように口の端で笑って。)…………それが、”お前”の役割か。………。(何か言いたそうだったが、止めた。)いや忘れてねえよな!?あの時だよあの時!任務が終わった後に俺とテメエでやり合っただろうがよ!!?」
ゲラルト「(ぴた、と動きを止めた。瞬きすらせずにじっと見ている。)……いや。変なこと、ではないが、……お前、何か変なものでも食ったのか? ……やり合った?(俯いて真剣に考えた。そしてようやく顔を上げ)あぁ、そういえばそんなこともあったな。」
マベ「…………あ゛??(治安の悪い声が出た。)お前人のこと何だと思ってやがるんだ!?せっかく心ぱ、………、……他の連中がお前のこと心配だっていうから代わりに来てやったのによ!?(……。)はアァ!?今の今まで忘れてたのかよ!?人の口にやべぇモン突っ込んどいてこの野郎、俺がお前の口に入れたのがリンゴで良かったと思えよ!?」
ゲラルト「何と言われてもな。お前は私の部下の1人だ。(淡々と…)今の今まで忘れていた。(また少し考えた。色々な事が蘇ってくる。)あー………… そうか。……っ、そういえばそうだったな。(一瞬笑い声が漏れそうになったのを堪えた。)お前の指なら遠慮なく噛み切ってやるが?」
マベ「そういうことじゃねえよ!何が変なもん食ったかだふざけんじゃねえぞ!?…ったくもう……調子狂うなあ…(頭が痛そうに後頭部を搔いた。) ………。今、顔笑ってたよな?もうあの時の俺じゃねえからな、噛み切れるもんならやってみろ。………。………ま、そういうことだよ。俺は口は悪りィし、感情的で不正確なやり方しかできねえ。そういう部下がいるからまだ死ぬなってことじゃねえか?」
ゲラルト「お前が勝手に騒いでいるだけだろ。何なんだお前どうかしてるぞ。(すんごい真顔。) ……そうだな。お前みたいな不出来な部下を躾けるのも私の仕事だからな。 だが私に万が一のことがあったら、……お前に譲ってもいいぞ。(冗談なのかどうか、いつもの無表情なのでよくわからない。)」
マベ「どこらへんがどうかしてるっていってんのか説明しろや…お前はいっつもいっつも言葉足らずで表情も変わんねえからわかんねーんだよ…(あまりの真顔に冗談顔で怒らざるを得なかったが、その後のゲラルトの言葉に急に真顔になり、沈黙した。)…………………お前。それ、(言葉を飲み込み、考え込むように俯いた。怒っているような悲しんでいるような表情で、改めてゲラルトのほうを見て。)………本気で言ってんのか。」
ゲラルト「ああ、本気だ。 私がそんな笑えない冗談を言う人間だと思っているのか? (ふと目を伏せて、そしてまた視線を合わせた。真面目な表情と、仕事中には見せない穏やかな目。血の繋がらないはずのあの人の面影が見えるようだ。) でもまだだ。今のお前には無理だ。まずは、私に勝ってからだな。」
マベ「…………………。(長い長い沈黙。ゲラルトの目を、見えないはずのマベの目がずっと見つめている。一瞬泣きそうな顔をしたように見えたが、すぐにぐっと俯き。)……………気持ちは嬉しい。けど、もう万が一なんて言うな。言わないでくれ。自分がウライオスにいる間に、二人も隊長が死ぬのは御免だ。(俯いたまま顔を背けた。)」
ゲラルト「そんな顔をするな。馬鹿だな、お前は……本当に。(ほんの少し目を細めた。)知っているだろう、私は殺そうと思って簡単に殺せるほど弱くはない。私はこの肩書きである以上、この国で一番強い人間であり続けなければならない。それは力や体だけの話ではない。」
マベ「馬鹿は余計だ。怪我人が物騒なこと言うんじゃねえよ…(顔を背けたまま。)………心も強くなけりゃならねえって言いたいのか?」
ゲラルト「そうだ。(短く、それだけ。)……ところでお前、仕事は。こんなところで私と話をしている時間ではないはずだが。(ふと、いつもの無表情に戻った。)」
マベ「………そうやって、ずっと前見てたんだな、お前は。(他にもなにか言いたそうだが、それ以上は何も言わなかった。)…は?ああ、あんたがいないから部隊内で色々スケジュールを調整したんだよ。ま、もうあまり時間はねえけどな。(立ち上がるときにうつむき加減のまま黒眼鏡を指で持ち上げた。一瞬目元を拭い、すぐに背を向ける。)………最後に一つ、いいか?」
ゲラルト「それは、…。……それほど長くは空けないつもりだ。もう歩ける程度には回復している。(一連の動作を見てはいたが、そこに隠された感情には気付けなかった。)何だ?一発殴らせろとか言うなよ……。」
マベ「(横顔でクッと笑って)誰が怪我人に殴らせろって頼むかよ。………俺には自分がどこまでやれるかなんてわからねえ。ただあんたには必ず勝つし、隣りに立ってもあんたが恥ずかしい思いをしないくらいには強くなってやるよ。負け犬飼ってても面白くねえだろ?…ゲラルト隊長さんよ。」
ゲラルト「(何か言い返そうとしたが、最後の一言に驚いて、珍しく目をはっと見開いて)隊っ、……え?………あ、…ああ、そう、だな……?お前、やっぱり何か変なもの……、」
マベ「(ゲラルトの言葉を遮るように)ま、あんたがいない間の任務は俺達が肩代わりしますんで、せいぜい養生してくれや。こんなに長い期間休んだことねえんだってな?ワーカーホリックのゲラルト・シェズム隊長様はよ。(ゆっくりと背中を向け)……ちゃんと休めよ?」
ゲラルト「(瞬きが異様に増え、明らかに困惑した顔をしている。)お前、それはどういう心境……いや、言っている内容と口調も合ってないからな……? あ、……ハイ。(そしてなんとも間の抜けた返事をした。)」
マベ「(生真面目だなぁコイツ…と心の中で呆れながら)良いお返事で。(へ、と笑った。) あ、リンゴ食えよ。じゃあな。(ドウという風の音。激しい旋風の中に姿を消した。風は、ゆっくり消えていく。)」
ゲラルト「………………。(かくり、と首を傾げて)……5年も経って今更、何なんだ……? (置かれたリンゴのうさぎの耳をちょんと触って)……いや。全くわからんな…。(しゃく……と音を立てて心の内のモヤモヤを誤魔化すように、また無表情でリンゴを食べるのであった……)」